食についての著作を数多く発表している小泉武夫教授。とくに肝については「世界一の肝喰い」を自認するほどこだわりを持っている。教授がこれまで食してきた肝のなかから“絶品肝”を取り上げ、その扱い方や食べ方、肝の魅力を述べつつ肝料理談義を展開。見た目のインパクトもさることながら、珍味として親しまれているナマコ(海鼠)。酢の物が一般的な食べ方ですが、教授はその最大の利用価値は腸(わた)にあると語ります。

▲ナマコ 出典:INUBI / PIXTA

ナマコの真髄は「海鼠腸(このわた)」にあり!

ナマコは棘皮(きょくひ)動物に属する生きもので、外皮はおおむね柔軟な肉質で、ほとんど骨らしいものがなく、口と肛門とを連ねる軸に沿って円筒状に体が延長し、口の周囲には環状の触手を列生している。

体の大半を占める肉身には味はあまりなく、ほとんどが乾燥させて使用する。それは「イリコ」(乾海鼠)と呼ばれ、中国料理に珍重されるため輸出される。日本では新鮮な肉を小口に切り分け、酢洗いし、おろし大根を加えて三杯酢をかけた酢和えが代表的な食べ方である。

ところが、このナマコの最大の利用価値は腸(わた)にあって、これを塩辛にしたものは、驚くべき高価な加工品として珍重されている。その腸はとても細長く、腸と肝の役割を兼ねているので、ここでは一般的にいわれる「ナマコの腸(わた)」と記しておくことにする。

「海鼠腸」は「このわた」と読み、ナマコの腸を塩漬けにして熟成させたものである。獲ったナマコを生簀(いけす)で泥吐きさせ、腸管を採取し、洗浄後、10〜15パーセントの上質食塩で1週間ほど塩漬けして水を切り、さらに10〜15パーセントの食塩を加え、熟成保蔵して1週間くらいで製品となる。 

産地に行くと、土産用として竹筒や小型の樽といった“しゃれた容器”に詰めて売られているが、酒の肴としてばかりでなく、飯のおかずにしても最高の珍味となっている。

海鼠の異称が「こ」で、その腸であるから「このわた」と呼ぶようになったが、その歴史は極めて古く、奈良時代にはすでに珍味として賞味されていた。 

原料となるナマコは、老大のものより若いものがよく、また寒中のものが極上とされている。製品は黒ずんだものより鮮黄または黄褐色がよく、線条(すじ)のはっきりしたもので長いものが絶品の目安である。しかし通に言わせると、なんといってもナマコから抜き取った直後の腸を、生のまま啜(すす)るのが最高であるとのことだ。 

平安時代中期の『延喜式』に、能登から貢納されたことが記されており、今日でも石川県は伝統的生産地である。 

能登のほか三河のものも有名で、昔から「能登、三河の海鼠腸、越前の雲丹、肥前の唐墨」が三大珍味とされてきた。

今では、このわたはびっくりするほど高価になったので、そうめったに口にできるものではないが、もし幸運にも多めに手に入ったら、一度だけでよいから、我が輩のすすめる「このわた酒」を楽しんでほしい。

コップまたは湯吞茶碗に適宜のこのわたを入れ、熱い燗酒を注いでかき混ぜるだけで結構。特有のうま味に、磯の香りと酒の芳香とが融合して絶妙の風味が楽しめる。フグの鰭(ひれ)酒など問題にならないほどの絶妙の旨酒となる。

▲これ以上ないほど贅沢な「このわた酒」 イメージ:NOV / PIXTA

このわた加工所でつまみ食いすると・・・

本場である石川県能登地方に伝わる、正式なこのわたのつくり方は、11月6日から4月15日までが漁期で、採捕したナマコは直ちに生簀に入れ、一夜畜養して砂や泥を吐かせる。生簀を海底から1メートルほど浮上させて張っておくのは、一度吐いた泥を再び吸い込まないようにするためだそうだ。

ナマコからの脱腸は、従来は「脱腸刺し」といって、米屋が俵を引っかける刺し手のようなものを肛門から突っ込み、内臓を絡ませて引き出していたが、今は半切り桶の中で小刀で腹部を3〜4センチくらい切り込み、肛門部の反対側から指頭でしごき出して採取するのが一般的である。

抜き出した腸は海水で洗浄するのだが、その要領は腸の先端の口の部分を太い木箸でつまみ上げ、人差し指と中指で腸管を軽くはさみ、下方に向かってしごき出して腸管内に残っている砂泥を排除するのだが、ここが大変熟練を要するとのことである。力の加減では腸が切れたり絡まったりして、十分に砂泥を取り除けないことも多いからである。 

塩漬けは、籠または目の細かい簀子(すのこ)にのせ、10〜15パーセントの食塩を混ぜて水分を滴下させて水を切る。1時間ほどしてからさらに10〜15パーセントの食塩を加えて保蔵し、早熟もので1週間、完熟もので1ヵ月保って製品としていた。

▲ちょっとつまんだだけでも酒が飲みたくなる イメージ:ひつじや本舗 / PIXTA

その出来上りのものを、ちょいとその場でつまませていただいたが、あっという間にそのうま味と磯のにおいが口の中に広がってきたので、これは大変だとばかりに宿に走り戻って、飲み残しの純米吟醸酒を片手に下げて、再びこのわた加工所に戻ったほどであった。江戸時代から続く石川県穴水町の森川仁右衛門商店でのことである。

このわたは、そのままズルズルと啜って酒の肴にする、あるいは炊き立ての温かい飯の上にのせて食べるなど、ストレートで味わうに限るが、料理屋の中にはウズラの卵黄と混ぜ合わせて客に出すとか、イカを細く切った刺身、あるいは甘エビの刺身などに和えて供するといったことも行われている。

また、ある店では、茶碗蒸しにこのわたを入れた「このわた茶碗蒸し」を出されたが、なかなかの味わいであった。

※本記事は、小泉武夫:著『肝を喰う』(東京堂出版:刊)より一部を抜粋編集したものです。