母のエビフライと祖母からの手紙が救ってくれた――異例の処置により、予定よりも2週間も早く鑑別所から釈放されることが決まった福田健悟。果たして「この子はもう悪いことをしない」という保護観察官の判断は正しかったのか? 両親が車で迎えにきてくれた駐車場から舞台はリスタートする。

釈放された福田の心を癒した祖母の言葉

外の世界はとても新鮮だった。行き交う車や、道沿いに植えられている樹木。全てが旧友との再会のようだった。以前とは歩き方が違う。いや歩く姿勢は変わらないが、心の持ちようが違う。

駐車場に向かって一直線に歩く母。その後ろに付いてキョロキョロしながら歩く僕。父は車の中で待っていた。留置所まで面会に来てくれた時は僕のことを気遣ってくれたが、一歩外に出れば違う反応が返ってくるかもしれない。未だ父への恐怖心は取り除かれていなかった。意を決して、助手席のドアを開けた。

「ごめんなさい」

車に乗るなり謝った。何も言わずに頷いている。母は荷物の整理をしていて手間取っている。早く乗ってほしい。気まずい沈黙。その空気感を感じる時間が短くて済んだのは、母が後部座席のドアを開けながら話し始めたからだ。

運転が始まってからは、母と僕の会話に花が咲いた。話し相手がいない4週間を過ごしたことで、伝えたいことは山ほどあった。狭い部屋に5人もいたこと。1週間に一度しか入浴時間が無かったこと。そして、コアラのマーチが4日に1度しか支給されなかったこと。この話を聞いていた父は、ハンドルを切ってスーパーの駐車場に車を止めた。

「買ってやるよ」

うれしかった。店内に入って、コアラのマーチを前にした時は、子どもの頃に戻った気分だった。何個買ってもいいと言われたが、1個で満足だった。鑑別所では1箱を4日に分けて食べなければならなかったが、今からは一気に食べることができる。それよりもコアラのマーチ以外に、イカピーと海老ピーがあって、全てを食べたいという欲のほうが強かった。

「これと、これもいい?」

「おぉ、いいぞ」

久しぶりの心境だった。捕まる前は、母がスーパーで菓子を買って来ても、当たり前のように食べていたが、今は幼い頃のようにテンションが上がっている。我慢できずに、車に乗る前には袋を開けていた。残りの数を気にせずに食べるコアラのマーチやナッツ菓子は、ベラボウにうまかった。

「全部開けたのか。食べ切らないと湿気るぞ」

前なら一気に食べ切ってしまえるような量だったが、少しずつ食べて、残りは取っておくという癖がついていた。徐々に家が近づいて、得もしれぬ懐かしさを感じた。

『ただいま』――口には出さなかったが、心の中で小さく呟いた。

先に行くように言われて、歩きながら今後のことについて考えた。と言っても、何日も先のことではない。今日これからどうするか。4週間前の生活はイマイチ覚えていない。思い出そうと頭を回転させる間もなく、玄関に着いた。ドアの先には待ち望んだ世界が広がっている。開ける前から感じていた。そこには祖母が立っていた。僕が言葉を発する前に言った。

「おかえり。何も言わなくていいよ。お風呂に入ってらっしゃい」

用意していた言葉が浄化されていく。“ごめんなさい”“もうしません”“ただいま”、どの言葉を言えばいいか、わからなかった。最初に言うべき言葉を間違えたらダメだと思っていた。他にもいろんな言葉を喉に詰まらせていたが、祖母の言葉は清流のように、自然と流れを軽やかにしてくれた。なんだろう。この感覚は。僕には、しなければならないことが、たくさんあるはずなのに。言わなければいけないことが、たくさんあるはずなのに。