地球のすぐ外側にありながら、まだまだ謎に包まれている火星。NASAなどが探査を進めており、次々と新発見が報告されていますが、SF映画やマンガで夢見た「火星居住」は、どれくらいの実現性があるのでしょうか? 惑星探査機「はやぶさ」の開発メンバーでもある齋藤潤氏が、現時点で火星についてわかっていることをもとに、本気で居住の可能性を検討・解説します。
※本記事は、齋藤潤 :著/渡部潤一:監修『本気で考える火星の住み方』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
ドーム型の施設に隕石が当たったらどうなる?
月でもそうでしたが、火星でも同じように火星に降りて短期間の探査をすることとは別に、居住可能な拠点を作るためには、持参する材料も種類が増え、さらには必要な資材の量や種類が相当変わってきます。
また、月でもあった資源問題について、火星ではそれほど具現化していませんが、やはり極冠付近に氷があり、水が得られる可能性があるということを想定している以上、氷を得やすい場所を欲しがるという動きは、将来的に火星居住が具体的になってきたときに露わになるかもしれません。
恐らくですが、最初に火星に多くの人間を送りこんだ国が、“いいとこ取り”してしまうように思えます。つまり氷ならば、氷が一番効率よく採掘できる場所を、事前に周回衛星で十分に吟味したうえで、選んだ候補地点に集中的に乗り込んで、資源採掘やエネルギー源、居住拠点など自分たちのテリトリーを作ることになるだろうと思います。
そうなると何が起こるかは想像がつきませんが、私のような科学者たちと、議員やビジネスパーソンとでは、きちんとしたコミュニケーションを取るのがとても難しい、ということは感じています。
私は、宇宙の物質の資源利用の研究者ですから、その研究の一環ということで月や火星基地のイラストを多数見ていますが、それらを見るたびに感じることがあります。
たとえば月や火星基地構想で、地表にドーム型の施設を置く想像図がよく見られますが、大気のない惑星で小石ほどの隕石が直撃してしまったらどうでしょう(速度は重力加速度により増速しますから相当なものになるはずです)。
たとえば、そこが原子力発電のユニット(太陽電池だけではとても電力は賄えないでしょうから、いずれ原子力発電を持ち込むことが必要だと思います)だったら……、ちょっとぞっとしますね。
火星にはたしかに薄い大気はありますが、月と同じようなリスクがあると考えておくほうがよいでしょう。私としては、惑星基地を基本的に地下に設置するのが一番理想的だと考えています。特に居住区やエネルギー施設は、地下のほうが無難だと思っています。
そして火星について忘れてはいけないことは、大気が薄くても砂嵐が吹き荒れることがある、ということです。大きな嵐は惑星全面を覆ってしまいますし、今までの火星探査ミッションでも、探査機に搭載された太陽電池パネルが発電不能になってしまうということも発生しています。
地表の設備には砂が入り込むという問題
火星居住のイラストなどでは、地球上の太陽光発電所のような太陽電池のユニットが、地表にずらりと並べている姿を見ることが多いのですが、砂嵐に何度も叩かれても、シリコンの太陽電池パネルを保護する表層ガラスが耐えられるのかどうか。また相手が砂嵐ですから、地上にあるものの隙間という隙間に砂が潜り込んでくると考えたほうがよいでしょう。
そうなると、居住基地では何度も大小の砂嵐を受けるでしょうから、結果として地表にあるものが傷だらけになり、あるいは機材の小さな隙間から潜り込んだ砂粒のせいで、電気回路などに不具合が起こる可能性も否定できません。
それに、月や火星のように大気が無かったり薄かったりすると、宇宙空間を飛んでいるさまざまな放射線も、大気のガードなしで降り注いでくることになります。
また火星には(月もそうですが)十分な磁場がありませんから、地球のようにヴァン・アレン帯で、太陽や銀河から降ってくる放射線や荷電粒子などから地表を守ってくれるわけでもありません。
その意味で、私は惑星基地の根幹部分は地下に置くべきだと考えています。地上にあると昼夜の温度差や隕石、砂嵐、放射線などの影響を受けてしまいます。なるべく大事なものは地下室に置くのが妥当だと強く思います。
個人的な意見ですが、地表にドームが並ぶ「惑星基地構想」のイラストを見ていると、これは南極観測基地のイメージが根幹にあるのではないかと思います。
でも、月には大気はなく、火星では希薄なうえに放射線も強く砂嵐まで起こります。それぞれの惑星の環境条件を、1年以上は着陸機で環境変動を調査するというミッションを基地建設の前に組み込むべき、と個人的には思うのです。