東京2020パラリンピックの車いすバスケットボールで、MVPを獲得した日本代表の鳥海連志選手。その活躍を支えてくれた人に、車いすを整備するメカニックの上野正雄さんがいる。接触や転倒が日常茶飯事の車いすバスケ選手のなかでも「壊し屋」の異名をもつ鳥海選手が、感謝の言葉つづる。

※本記事は、鳥海連志:​著『異なれ -東京パラリンピック車いすバスケ銀メダリストの限界を超える思考-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

自分を信じれるのは努力で育んだ「根拠のある自信」

東京パラに向けて僕が掲げた「高い車いすを乗りこなす」という目標は、誰かに「そうなってほしい」とか「やってみたら?」と言われたものではない。自分で立てた目標だ。

だけど、周りの皆は僕の挑戦にポジティブではなかった。

僕は当時、スピードとディフェンス力、チェアワークで世界トップレベルの能力を持っていて、代表でもその能力を高く買われていた。高さと引き換えに、これらの能力が落ちるのは、チームにも大きな不利益になるからだ。

しかし僕には、自分のチャレンジが間違いなくチームにいい影響をもたらす、という確信があった。

「どれだけ僕がスピードとチェアワークを駆使して守っても、高さのある選手には簡単にシュートを打たれてしまう。だったら、チェアワークはトップレベルじゃなくてもいい。チェアワークを『だいたいの選手を守れる』くらいのレベルまで落として、その代わりに高さという強みを足したほうが、絶対にチームにとって有利になる」

「○センチ高くする」といった具体的な目標は決めていなかったが、高ければ高いほど……と考えた僕は、それに挑戦し始めた。

車いすの整備を担当するメカニックの上野正雄さんと相談したうえで、まずは座面のクッションを1センチずつ高くすることからスタートした。

2018年には、車いすの改良にも踏み切った。

まずはタイヤを1サイズ大きくし、クッションも含めプラス15センチが実現した2019年に、車いすのフレームを大きくして、さらに10センチアップ。そこからさらにクッションを5センチ増やし、リオより約20センチ高い車いすで、東京パラ本番を迎えることとなった。

僕の予想通り、高さは試合の中で大きな力を発揮した。

ジャンプができない車いすバスケでは、ディフェンスがどれだけ激しくプレッシャーをかけようとも、手が届かない場所は完全にノーマークになる。僕はこれを生かして、余裕を持ってコート全体を見ることができるようになり、ゴール下のリバウンドやシュートも落ち着いて決められるようになった。

今大会の全8試合を通しての1試合平均スタッツは以下の通り。

10.5得点、10.8リバウンド、7.0アシスト、2.0スティール。

オールラウンダーとして高いパフォーマンスを発揮できた。

「もう高さはいいんじゃない?」

飽きるほどに言われつづけた言葉に、僕は最後まで屈さなかった。京谷(きょうや)ヘッドコーチからも「使えないという判断になったらメンバーから外すよ」と念を押されていたが、それでもこだわりつづけた。

「たとえチェアワークが落ちたとしても、別の強みを発揮して『連志を使いたい』と思わせればいい」と考えていたからだ。

むしろ、誰にも文句を言わせないために、チェアワークの練習には、今まで以上の時間を割いて取り組んでいた。

チーム練習の前後に体育館を借り、基礎中の基礎の「ワンストップ・ワンブレーキ」から、ひとつひとつのメニューに丁寧に取り組み、徐々に上がっていく重心にアジャストできるよう、ボディコントロールを磨いた。

チェアワークを含め、あらゆるプレーに必要不可欠な下半身と体幹を強化するために、自宅から往復3時間かかるトレーニング施設に週3回通い、マンツーマンでトレーニング。自宅でもゴムチューブを使ったトレーニングを欠かさなかった。

こういった努力の成果は、合宿で毎回行われる計測の結果に、コンマ1秒まで表れた。スピードやチェアワークに関する測定項目で、常に1位を譲らないことで、チームメイトやコーチ陣に「大丈夫でしょ?」とアピールした。

▲自分を信じるれるのは努力で育んだ「根拠のある自信」 イメージ:aijiro / PIXTA

「人には根拠のない自信が必要だ」というような論説を目にすることがある。

これは「キャリア」という山登りにおいて、間違いなく必要なものだろう(幼少期の僕も、これに近い自己肯定感の中で育ってきた)。

しかし、山の8合目以上を登り切り、目指すべき高みに到達するためには、それだけでは足りない。努力で育んだ「根拠のある自信」が絶対に必要になる。

自分を信じることも難しいが、他人を信じさせるのはもっと難しい。

誰にも文句を言わせない「圧倒的な根拠」を作ってきたことが、僕が最後まで己を貫くことができた最大の要因だったと思う。