クリミア併合時のプーチン演説に涙を浮かべる聴衆

「クリミア共和国」のロシア併合式典は、モスクワのクレムリン宮殿で行われた。この際、プーチン大統領がおよそ1時間にわたる演説で語ったのは、冷戦後の西側諸国がいかに傲慢であったか、またクリミアがなぜロシアに併合されなければならないのかであった。

▲クレムリンの「ゲオルギーの間」で行われた式典にて演説を行うプーチン大統領(2014年3月18日) 出典:Kremlin.ru(ウィキメディア・コモンズ)

主なポイントは次のとおりである。

  • クリミアはソ連においても、もともとはロシア領とされていたが、戦後のフルシチョフ時代にはっきりとした法的根拠なく、ウクライナ領ということになってしまった。
  • 政変で成立したウクライナ暫定政権には法的正統性がない。
  • クリミアの住民自身がロシアへの併合を望んでいる。民族自決権によってある地域が独立できることは、西側自身がコソヴォの例で実証している。
  • 西側諸国は、力による支配で世界の行く末を決めることができると思っているが、ウクライナの件はロシアにとって越えてはならない線を越えるものだった(筆者注:キーウでの政変が西側による陰謀だったことを示唆)。

私は、この様子をあるテレビ局から生中継で見たが、宮殿内の「ゲオルギーの間」に集められた聴衆たち(国会議員や地方の知事ら)のなかには、涙を流す人の姿も見られ、演説の節目では「ロシア!」と叫ぶ声が上がった。プーチン大統領の言葉が会場の聴衆たちに深く響いたことは明らかであった。

これはおそらく、放送回線越しに演説を見ていた一般国民たちも同様だったのだろう。また、クリミアでも、少なからぬロシア系住民はこの演説に対して好意的な評価を下したようだ〔一方、メドヴェージェフ首相は演説の最中に居眠りをしている様子がカメラに捉えられたが、これはこれで豪胆と言うべきであるのかもしれない〕

もちろん、クリミア半島の住民が、自らの意思でロシアの一部となることには私も異存はない。また、プーチン大統領が指摘するように、フルシチョフ政権期に行われたクリミア半島のロシアからウクライナへの帰属替えに、法的瑕疵(かし)があったことも事実である。

だが、一国の領土を自国に併合しようというなら、その過程では法的な親国(この場合はウクライナ)や現地の非ロシア系住民とのあいだで、十分な合意形成が存在しなければならないはずであり、政変から1ヵ月も経たないうちに実施されたクリミアの住民投票は、あまりにも性急であろう。

さらに言えば、いかにロシア系住民を保護する必要があるといえども、突如としてロシア軍を送り込む手法はあまりにも乱暴である。しかもロシアは当初、軍事介入の事実を認めようともしなかった。

このプロセスは、バルト三国のソ連併合と奇妙に重なって見える。もちろん細部には多くの違いがあるが、電撃的な軍事作戦による占領、シンパシーを抱く現地住民の動員、住民投票、そして併合という手順は概ね共通する。

ロシア系住民の比率が高いために、現地住民のなかで「占領」されたという意識が薄いのはバルト三国と異なる点であろうが、ロシアへの併合を納得しない住民がいないわけではもちろんなく、クリミア・タタールのような少数民族(クリミア人口の約1割を占める)には特にその傾向が強いと思われる。

▲クリミア半島 地図:Volina / PIXTA