飲食店オーナーがタニマチに

ぶっつけ本番のフィリピンパブでの営業。素人に毛が生えたような俺だったが、1人で30分2ステージを無事に終えたことは大きな自信にはなった。

その後の営業で意気揚々と挑んではみた俺だが、客の反応はというと……正直、からきしだった。あの日に得た自信はあっという間に消え去った。たまたまあの日はうまくいっただけ、そう気づくまで、たいして時間はかからなかった。世の中そう甘くはない。

翌日からまた同じような日々が始まった。ショーパブでスタッフとして働きつつも、休みの日には森さんの主催するエルヴィス・ナイトに出させてもらったり、企業のパーティーでネタをやったり、時には横須賀の米軍基地でショーをしたり。

米軍基地やフィリピンパブなど、外国人のお客さんが多いハコでショーをするときはとにかく盛り上がった。やはり日本人は大人しくて真面目なんだなぁと痛感した。先輩たちみたいにお客さんを盛り上げられるよう、自分の芸をもっと磨かなければと思った。

▲外国人には受ける芸風だった

自分の見せ方を模索しつつ、ショーパブの仕事も気合を入れて頑張っていた。そんなときに知り合ったのが、木戸さんだ。

角刈りで恰幅がよく、まぁどう見てもカタギには見えない風貌だったし、しかもその横には、いつも大和さんという人がぴったりとついている。身長180センチ以上あるガタイのいい大和さんは、ボディーガードのように怖い顔をして睨みきかせていた。

木戸さんがキサラに来るときはいつもほろ酔いで、ショーが始まるまでは静かに焼酎の水割りを飲んでいた。毎回、キャバクラのきれいな女性を連れて、楽しそうにショーを見て、気に入った芸人にはチップを渡していた。

そんな木戸さんは目立ったし、キサラのスタッフや芸人たちのあいだでは有名人だった。ある日、木戸さんが来たときに「いらっしゃいませ木戸様、こちらのお席にご案内します」と言ったら、驚いたような顔をした。

「あんた、俺のことを知ってるのかい?」 

「もちろんです。いつもありがとうございます」

すると「うれしいね〜」とニカっと笑い、チップをくれた。そして「このあと歌舞伎町で飲むけど、兄ちゃんも一緒に飲みに行くか?」とお誘いを受けた。 

俺は「ぜひよろしくお願い致します!」と頭を下げ、閉店後にいそいそと片付けをして、木戸さんと、連れていたキャバ嬢らしき女性と合流した。その日は歌舞伎町の飲み屋を数軒ハシゴした。

何軒目か忘れたが、自分も芸人の端くれであることを伝えたら、「1曲歌ってくれ」という流れになり、唯一といっていいレパートリーのエルヴィスを披露したら、それなりに喜んでくれた。

深夜2時を越えたあたりで、今夜はお開きという雰囲気になる。すると木戸さんは「今日は来てくれてありがとう」と言って俺に何かを手渡そうとしていた。木戸さんの手を見ると数枚の1万円札が握られていた。 

俗にいうお車代だ。車代と言っても本当に自宅まで乗るタクシー代金ではない。日雇いバイト2~3日分の大金をくれるのだ。