目の前の数万円を見て生まれた“よこしま”な思い

噂に聞いたことはあったが、実際に目にするのは初めてだった。 

渡された瞬間に、そっと万札の枚数を数えた。何度も頭を下げながら、なんてラッキーなんだと思った。ちょっと歌って、きれいな女性と酒を飲んで、飲み代を払ってもらったうえに、お金がもらえるなんて。

▲初めてもらった車代 イメージ:freeangle / PIXTA

俺はかつてない経験に舞い上がっていた。同時に、この人に気に入られたら、これからもチップやタクシー代をもらえるに違いないという、よこしまな考えも生まれていた。

だが……もしかしたらその筋の人かもしれない。いや間違いなくそっちだろう……。

しばらくして、木戸さんは都内で20店舗ほどのキャバクラや飲食店を経営する社長さんだと判明する。大和さんはそこの番頭格の従業員だった。

それからは、木戸さんは俺のことを「TAIGA」と呼んでかわいがってくれた。「腹が減ったら電話してこい。メシを食わせてやるから」といって、実際に連絡すると、焼き肉などに連れて行ってくれた。

あるとき、木戸さんは俺に向かってこう言った。

「お前が売れるまでは俺がメシ食わしてやる。でも売れたら2度と俺のとこは来なくていいからな」

芸人を飲みの場に呼んでくれる社長は他にもいたが、ほとんどは「この恩を忘れるなよ」とか「売れた途端に呼んでも来なくなったら承知しねーぞ」と凄む人ばかりだった。

一方、木戸さんは「売れたら2度と来なくていい」と言う。不思議に思った俺は「なんでそんなこと言うんですか?」と聞いた。

木戸さんは手にしていたグラスをテーブルに置いた。

「芸能の世界で売れたらまた別の付き合いが始まるし、もっと大変なこともたくさんあるだろう。そのとき、お世話になっていたから『たまには顔出さないと』なんて思っていると、お前の足を引っぱる。売れた時点で恩返しは終わってるからそれでいいんだ」

そう言うと木戸さんは静かに笑った。

それから10年以上、木戸さんにごはんをたらふく食わせてもらった。タクシー代をもらって、それを生活の足しにした。感謝してもしきれないほどお世話になった。

絶対に売れて、木戸さんに恩返しをする。夢の実現に加えて、新しい目標がひとつできた。

(構成:キンマサタカ)

『TAIGA晩成 ~史上初! 売れてない芸人自伝~』は、次回5/27(金)更新予定です。お楽しみに!!


プロフィール
TAIGA(たいが)
1975年生まれ。神奈川県出身。2005年『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』(フジテレビ)、2009年『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ)、2009年の『あらびき団』(TBS)、2014年の『R-1』決勝進出でプチブレイク。下積み時代が続く中、2020年の『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』(中京テレビ)、2021年の『アメトーーク!』(テレビ朝日)出演で再ブレイクの予感がする46歳。