55歳、独身のギャグ漫画家である渡辺電機(株)が、2人の娘をもつ女性との結婚で突然、父となり、思いもよらず小学生の娘との“ふたり暮らし”をすることになった驚きと苦労、そして喜びが、飾ることなく本音で綴られた書籍『父娘ぐらし 55歳独身マンガ家が8歳の娘の父親になる話』(KADOKAWA)。noteで好評だった連載をまとめたこの本は、これまで渡辺電機(株)の漫画に触れてこなかった子育て世代を含め、幅広い支持を集めている。

渡辺が、娘であるアユさんとのふたり暮らしを経て成長した部分、忘れられない悔しい編集者の態度、今後の展望について聞いてみた。

▲俺のクランチ 第17回(後編)-渡辺電機(株)-

身バレしたくなかったけど、もう無理かも…(笑)

娘とのふたり暮らしをするなかで、役所の優しさや、ママ友ネットワークのすごさなどに触れ、55歳独身の漫画家だった渡辺の生活はもちろん、考え方も大きく変わっていったという。

「“そんなはずはない”ってわかってるんですけど、という前置きは変ですが、世の中には意外といい人が多いな、と思っています(笑)。そもそも僕は、人間が得意か得意じゃないかで言うと、あまり得意ではないタイプ。できればひとりでいたいし、人のいない所に旅行するのが好き。この生活が始まる前は、行き先も決めずに全然知らない駅で降りて、ちょっと散歩するのがいちばん楽しかったんですよ。

自分のことを誰も知らない地に行くのが気持ちいい。なるべく飲み会とかも行きたくない。以前に友達とカラオケに行ったら、1曲歌ったら“もういい、もういい”って言われたんですよ、そんなことあります? 無理してるのが伝わったんですかね?(笑)。でも、今は全く真逆の生活をしてるな、と自分でも思います」

渡辺はこの漫画を描くにあたって、決めていることがあるという。

「未だに自分の状況を土壇場だと思っているんですけど、この漫画をきっかけに、この土壇場を抜け出せたらって思ってますし、腹をくくって勝負をかけた作品なので、子育てエッセイ漫画として、新しいカタチを示したいなって思ってますね。とにかく嫌悪していたジャンルなので、自分が描くことで、なんで自分は嫌いだったんだろう、と言うことにも答えを出さないといけないなって感じています」

つい感情的になって、手をあげてしまったときの反省や、自分の父や母にアユさんを会わせた話など、かなり繊細なところまで描いているこの作品。事実を描かなければいけないコミックエッセイというジャンルで、気を使っていることはあるのだろうか。

「基本的には事実に基づいて描いているんですが、そのうえで脚色というか、こうしたほうが漫画的には良いかな、というところは、登場人物の感情を付け足して描いていることもあって。いろいろな描き方を試したんですけど、今のバランスがいちばん自分には描きやすいなって思ってます。

たとえば第1話で、お母さんがいないってことを全然理解できないアユが出てきますけど、あそこまでではなかったかな、くらいです。あとはできれば身バレせずに描きたいな、と思っていたんですが、それはもう無理だなと諦めてますね(笑)」

たしかに実際にお会いすると、漫画の渡辺さんのままですもんね、と言うと「この格好でPTAの集会にでたら、“何してる方なんですか?”って聞かれるんで、言うしかないですよね」と渡辺は苦笑いを浮かべた。

「漫画家です、と言うと、じゃあペンネームは?って聞かれますよね。“たいしたことないんです”って言っても、Twitterで見知らぬフォロワーが増えたら、クラスメイトの親かな…? みたいな(笑)。でも、アユも学校で自慢してくれてるみたいで、それはうれしいことなんですけどね」

漫画に出てくるアユさんは、今年の4月から中学生となっている。

「中学校でもバレるのは時間の問題だと思ってますけどね(笑)。ただ、どんな漫画を描いているかってのは、直接アユと話したことはないんですよ。1回だけ誰かから聞いたのか“私のこと、こんなふうに描いてるくせに”って言われたことはあるんですけど。たしかに、なんかすごい不思議な感じですね。今更なんて言ったらいいのか、ってのもありますし、娘をダシに使ってるって引け目もあるんですけど、主人公みたいなものだから、許してほしいなって(笑)」

この話を聞いたとき、その後ろめたさこそがこの作品の根幹のような気がした。家族を矢面に出すことを厭わない人間の表現する感情は、どうしても白々しく見えてしまうことがある。渡辺電機(株)の描く子育てエッセイ漫画が、ほかと一線を画すのはそこであると感じたのだ。子育てをするうえで、自分が成長できたと思うところについて聞いてみた。

「責任ということを強く思うようになりましたね。奥さんに対してもそうですけど、特に子どもたちはほっとけば、どんどん好き勝手になっていくので。めんどくさい!って投げ出しちゃいそうになっても、いやいやいやって踏みとどまるようになったと思います」