毎日のランチパックを我慢していた娘
アユさんとのふたり暮らしが大変だったことは、『父娘ぐらし』を読むとよく伝わってくる。学童クラブで預かってもらう際、お弁当を用意しなくてはならず、ランチパックが好きだと聞いて、毎日ランチパックにしていたら、先生から“お弁当を作ってあげてください”と言われ、アユさんが言えず我慢していたことを知り、反省した渡辺が手作り弁当と格闘するシーンなどが出てくる。
「先生に“アユちゃんはOOが好きみたいですよ”と言われたのでお弁当に入れても、あまり食べなかったりとかは日常茶飯事でしたね。食べたいものだけを食べさせるわけにもいかないし。とくにアユは食が細かったので、それはすごく大変でした。でも、その経験で少し成長できたかなと思っています。
あと、感情的になることがほぼなくなりましたね。これまでは、編集さんと長く続いたことがなかったんですよ。好きな漫画のことだからどうしても感情的になって、納得いかないことがあったら“違うと思います”って言ったり、その場は納得したフリして、描いたら自分の意見を通す、みたいな。売れ続けてれば、そんな振る舞いでも仕事が来ますけど、売れてないのにそんな振る舞いだったら仕事は来ないですよね」
「若い頃は他人を攻撃するような作品ばかり描いてたんですよ」と語る渡辺。そんな彼の意識を変えたのは、自身がやっていたブログだった。
「ブログで10年ぐらい毎日、嘘を書き続けてたんですよ。ショートショートみたいな感じで、自分を主人公にしていたんですが、毎日書いているうちに、自分が何かをやっつけたりするよりも、自分が酷い目にあって、落としたほうが読後感が良いなって気づいたんですね。その気付きは、普通の漫画には活かせなかったんですが、今回のこの作品には活かせているかなと思います。ただ、そのブログを書いていたせいで、アユが来たときも、また嘘だと思われていたんですけどね(笑)」
そんな渡辺に、他人から言われた言葉で印象に残っている言葉について聞いた。
「うーん、常にいっぱいいっぱいだったので、人の話を聞いている余裕がなかったんですよね。ネガティブなことしか思い出さないな……。前に連載していた出版社で、別の雑誌に持ち込みに行ったときの話なんですけど、自分の子どもでもおかしくないくらいの編集者が出てきて、“渡辺さん、うちはね、単行本が売れない作家はいらないんですよ”って言いながら、その出版社で出した僕の単行本を手ではらいのけたんです。
もうビックリして“お忙しいところありがとうございました”って、丁寧に挨拶して帰ってきたんですけど、帰りの電車の中で、すごくイライラしてきて。でも、それも自分の中で、なんとなく漫画家として調子に乗ってた自分に水を差しくれた、のかもしれないです。未だに腹がたちますけどね(笑)」
奥様やご家族に「漫画は諦めたほうがいいんじゃない?」とか言われたとしたら、そこで心折れてたと思いますか? と聞いてみた。
「いや、それはないですね。やはり、自分の漫画のことは自分がよくわかっているんで。今でも漫画の内容とか、出来に関して家族から言われることはないですけど、もし言われたとしても、そこは譲れないと思います」
最後に、今後の展望について聞いてみた。
「今年の9月で60歳になるんです。家族ができて、人生の設計図がガラッと変わったので、単純に健康診断とかも気にするようになったし、いろいろなことに目を背けて生きていくわけにはいかなくなった、と思ってます。何かあったときのためにお金を残しておかないとな、って。
あと、この前、初めて家族5人で大阪と京都に旅行に行ったんです、アユたちのおばあちゃんに会いに行くのも兼ねて。これからは一緒に旅行なんかもしてあげたいですね。ここ4年くらいは本当にお金がなかったので、家族に何もしてあげられなかったことが心残りで。自分のことはどうでもいいので、子どもたちに服とか買ってあげたいし、もっと余裕が出たら、もう少し広い家に住んで、ヘルパーさんを雇って、家事の負担を減らしてあげられたらな、と思ってます」
〇55歳独身ギャグ漫画家 父子家庭はじめました[note]