夜の路上で大人に向けて絵本を読み始め、現在では読み聞かせや保育者研修会で、全国を駆け回る「聞かせ屋。けいたろう」さん。読み手だけでなく、自らの絵本も出版するなど作り手としても活躍している。

しかし、彼の人生には数々の苦難もあった。保育士の専門学校に通うも、読み聞かせの道を選んだけいたろうさんに「好きなことを仕事にする」、その苦難と喜びについて聞いてみた。

▲Fun Work ~好きなことを仕事に~ <聞かせ屋。けいたろう(前編)>

この人のために絵本を読んでよかった

けいたろうさんが保育士の専門学校に通っていたとき、授業の初めに絵本を1冊読んでくれる先生がいたという。そのときの経験が「聞かせ屋。けいたろう」を始めるきっかけとなった。

「映画を見てるみたいだなって思ったんです。教室の空気もパンッと張っていて。僕は小さい頃に絵本を読んでもらっていたほうではないし、幼稚園も1年しか通っていないので、絵本を読んでもらう経験がそんなに多くないんですよ。大人になってから改めて絵本を読んでもらって、懐かしさよりも新鮮な面白さを感じました。しかも、時には涙を流している学生がいるんですよ。すごい光景だなと」

この経験から、絵本と出会う機会が少ない、絵本を読んでもらう側ではない大人に向けて、絵本を読むために路上で活動を始めた。けいたろうさんは保育士を目指す前に、路上のストリートミュージシャンとして、池袋のウイロードなどの地下道や駅前で活動していた経験もあり、夜の路上で絵本を読むという発想につながったという。

「夜の9時半とかだったので、暗いなかで誰も止まるはずもない。タクシーや雑踏の音もすごくうるさかったんですけど、そこで読んだんです。でもやっぱり、誰も止まってくれなくて、なんでこんな罰ゲームみたいなことやってるんだろうって思ったけど、ここでやめたらもう二度とやらないだろうな、って思ったんです。このチャレンジを失敗にしたくなかったですし、1人でもお客さんが来てくれて、“この人のために絵本を読んでよかった”って思いたかったんですよね」

やりがいを感じたい一心で活動を続けていたら、けいたろうさんのもとに2人の女子高生がやってきた。1人は金髪、もう1人はまつげが天に届きそうなくらい長い、どこからどう見てもギャル、という女の子たちだったという。

「目の前に腰を下ろして、“なーにやってんの?”って聞くんですね。絵本読んでるんだよって言うと、“いいことやってんねー!”って(笑)。そしたら“私たちまだ時間あるから読んでよ”って言うんですよ。ちゃんと真面目に聞いてくれるのかな……と心配しながら、絵本を読み始めました」

しかし、けいたろうさんの心配は杞憂に終わり、読み終えると2人は拍手をしてくれた。さらに女子高生たちがリクエストをし、けいたろうさんが読み、拍手があがる……。2~3冊ほど読み終わったあとに、“もう帰らなきゃいけないから”と最後にある絵本を指さした。

「『かわいそうなぞう』を選んだんです。でも、これは戦争のお話だし、僕が路上で読むのもどうかな……って思いました。なんだか行儀悪い気もするし、正しいところで読んでいない気もするし。悲しいお話だからやめようよ、って言ったら、“小さいときにお母さんが読んでくれたから知ってる。懐かしいから今読んでほしい”って言うんですよ。これはもう断る理由がないなと思って」

自分も読んでもらったことはあるけれども、読んだことはなかった。読み間違えないように一生懸命、丁寧に読んで、絵本のページしか見ていられなかったという。

「一度だけ、彼女たちを見たんですけど、彼女たちも絵本しか見ていませんでした。僕が視線を送っても気づかないくらいまっすぐと。そして、読み終わっても拍手がありませんでした。僕もずっと絵本しか見ていなかったから、2人がどんな顔をしているのかわからなくて……、勇気を出して顔を覗いてみたんです。そしたら2人とも、目頭に手を当てて涙をぬぐっていました。そのときに、ちゃんと響いたんだなって、なんとも言えない気持ちになりました。本当によかった、もう周りの人にどんな目で見られていようが全然いいって」

このとき、誰かが大人に絵本を読む活動をしなければいけない、自分がやらなきゃならないと強く感じたけいたろうさんは、各地を飛び回って「聞かせ屋」の活動に力を入れるようになる。

「池袋、赤羽……、横浜や大阪にも行って、ひたすら路上で絵本を読みました。飲み物やパンをもらったりもしました。ひもじいわけじゃないんだけど(笑)。だいたい1人はお客さんが来てくれて、“今日はあなたに読んでもらえてよかったわ”って言ってくれる人がいたので、続けていかなきゃなと思いました」

▲初めて路上で読んだ日のことを懐かしみながら話してくれました