ロシア軍の侵攻に決して屈せず、国民が一丸となって勇敢に戦い続けているウクライナ。ウクライナは戦闘機や砲弾だけではなく、「言葉の力」で戦っていると語るのは、政治・教育ジャーナリストの清水克彦氏。大統領であるゼレンスキーの言葉は、イギリスのラジオ番組でも「勇敢さの象徴になりつつある」と言わしめるほどの評価を受けているが、台湾総統である蔡英文の言葉にも共通するものがあった。
※本記事は、清水克彦:著『ゼレンスキー 勇気の言葉100』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
アメリカにはリーダーシップを見せてほしい
ロシア軍によるウクライナ侵攻を受け、日本の国会やマスメディアで目立つようになったのが、「台湾が第二のウクライナになるのでは?」という懸念だ。
中国共産党は、2021年11月17日に公表した「歴史決議」で、「台湾統一は党の変わることのない歴史的任務」と明記した。中国共産党のトップである習近平も、2022年の新年あいさつで、「祖国の完全統一」に並々ならぬ決意を示した。
私は、中国軍創設100年という節目を迎える2027年までに、中国はほぼ間違いなく、台湾を併合するため何らかの行動に出ると見ている。
アメリカのインド太平洋軍司令官を務めたフィリップ・デービッドソンらも、そのように予測しているが、それは今後数年のあいだに、南シナ海や東シナ海における中国軍の力が、アメリカ軍の戦力を凌駕するからだ。
「中国は、ウクライナへのアメリカの関わり方をじっくり見ている」
こう語るのは、元自衛隊統合幕僚長の河野克俊である。習近平はアメリカの動き、ロシアへの国際社会の制裁、ウクライナと台湾との戦力比較など、十分に研究を重ねたうえで、負けが許されない戦いに踏み切ると予想している。
ロシア軍のウクライナ侵攻からほぼ1か月が経った2022年3月22日、台湾の大手ケーブルテレビ局「TVBS」が、興味深い世論調査の結果を発表した。
「中国とのあいだで戦争が起きたら、アメリカは台湾に派兵し防衛すると信じますか?」
この問いに、「信じる」と答えた人の割合は30%留まり、2011年1月に行った調査と比べ、この割合は27%も下落したことが明らかになった。
ウクライナに関するアメリカの真の狙いはここでは書かないが、ウクライナに派兵しなかったバイデン政権の姿勢は“弱腰”とも受け取れる。ただ、アメリカとウクライナのあいだに、防衛に関する取り決めがないのも事実である。
では、アメリカと台湾の関係はどうだろうか。両者のあいだには、1979年のカーター政権時代に台湾の安全保障について定めた「台湾関係法」が存在する。ただ、軍事介入までは確約しておらず、台湾市民のあいだには「対ロシアで動かないのなら、対中国でも動かないだろう」という意識が高まったのだ。
ゼレンスキーは演説で、その“弱腰”にも見えるバイデンの尻を叩いた。国家規模で言えば、中小企業の社長が取引先の大企業の会長に注文をつけたようなものだ。
「軍を送ってもらわなくても、アメリカが支援に動けば世界も動く」
もともと舞台度胸はあるゼレンスキーだが、度胸に加え、狙いも見事である。
強さというのは、大きな領土を持つことではない
アメリカ連邦議会での言葉を紹介する。これも、私の心に今なお刻み込まれているフレーズである。
「強さというのは、大きな領土を持つことではありません。勇敢で、自国民と世界の市民のために戦う意思があることを言うのです」
この言葉は、台湾総統である蔡英文の言葉を連想させる。
民進党の蔡英文は、2012年の総統選挙で国民党の馬英九に敗れ、その後、インドやイスラエルなどを歴訪している。
「国は大きくなくても構わない。でも心意気は大きくなくてはならない」
蔡英文は、イスラエルを訪問した際、このように感じたと語っているが、ロシアの侵攻を受けているウクライナ、そして中国の脅威に対抗しなければならない台湾、それぞれのリーダーが、ほぼ同じ見方をしているところが興味深い。
同時に、ゼレンスキーが発したメッセージには、バイデンの気持ちに着火させる狙いも感じ取れる。
「アメリカの強さは、広大な国土を持ち、経済力や軍事力でトップを行くことではありません。窮地に立つ国に手を差し伸べることを言うのです」
その端々(はしばし)に意味がある。それがゼレンスキーの言葉である。