トルコ人と日本人が似ている点

――オスマン・トルコは、学生時代の世界史の授業の印象しかなかったのですが、たしかに歴史が長いですものね。

小笠原 正直、最初の頃は今のトルコにそこまで興味はなかったのですが、博士課程の最初の頃に留学したら、トルコの持つ風土や国民性にすっかり魅了されましたね。

――小笠原先生がそういうくだけた理由を話してくださると、こちらもより興味が湧いてきます(笑)。

小笠原 (笑)。オスマン帝国だけではなく、トルコという国もすごく面白いですね。

――具体的に言うと、どういうところが魅力的なんですか?

小笠原 僕個人の感覚ですけど、“人が面白いな”と思います。どこの国もそうだと思うのですが、なかには悪い人もいるので、ニュアンスは難しいのですけど……(笑)、日本人とちょっと雰囲気が似ているのか、僕が知り合った方、友達になったトルコの人々は、幸運なことにみんなウマが合うんです。

――それはとても興味深いですね。

小笠原 信仰上はイスラム教徒が多いんですけど、イスラム教徒じゃなければ、文化も違う僕のような日本人に対しても慮(おもんぱか)ってくれる。ここからは、オスマン帝国史の大家である永田雄三先生の受け売りを一部含んでいるのですが、たとえばアラブ人は生まれついてのイスラム教徒、という気がするんです。というのも、イスラムにとってアラビア語というのはなくてはならないものですが、彼らはアラビア語のネイティブスピーカーだということもあり、自身がイスラム教徒であることを疑っていないような印象を受けます。

いっぽうトルコ人は、アラビア語をそこまで上手に使えるわけでは無い。それもあって、心のどこかで、イスラムに染まりきっていないメンタリティがあるように思います。そういう一歩引いた感じが、付き合いやすさにつながっているのかなと思います。

――その説明はわかりやすいですね。トルコというと、個人的にはアイスの印象しかないのですが、食事はどうですか?

小笠原 そうですね。フランス料理、中華料理と並んで、世界3大料理のひとつに挙げられることもありますが、日本人が食べてもおいしいのは間違いないと思います。トルコアイスのほかには、日本だとドネルケバブも有名ですね。

――今回のこの本を読んで、オスマン帝国にも興味が湧いたのはもちろん、お話を伺って、トルコにも興味が湧いてきました。

小笠原 でも、観光客からぼったくろうという悪い人ももちろんいますので、旅行される際は十分に気をつけてください(苦笑)。

▲イスタンブールの街並み 出典:Luciano Mortula / PIXTA

この本から日本が学ぶべきこと

――この本の話に戻しますと、現代とは価値観も道徳も全く異なる昔の話を書くことについて、事実だとしても気を遣ったところなどはありますか?

小笠原 そうですね。まず書き方なんですが、ハレムの制度についての話ばかりだと、読者は飽きてしまうだろうな、という懸念がありました。そこで、制度的な説明が長くなりそうなところには、あえて人間ドラマを入れてみるなどの工夫をしました。史実をしっかり伝えるには、読み手にとってのハードルをいかに下げるか、ということに気を使いましたね。

――なるほど、まさに僕も読んでそういう感想を受けました。

小笠原 そして、先ほどのお話にも出た倫理や道徳の話ですが、やはり実際にあったことだとしても、奴隷制度や人身売買などについて書くところは表現に気を使いました。過度に過去を礼賛すると、そういう目を背けたくなるような事実すらも“素晴らしい”と受け取ってしまう方もいるかもしれない。ですから、現代とルールが全く違うところに関しては書き方に気をつけましたし、“現在と過去は別物”ということは記したつもりです。

――同じくハレムを舞台にした篠原千絵先生による人気漫画『夢の雫、黄金の鳥籠』についても、この本の紹介で書かれていますね。

小笠原 はい。ずっと読ませていただいていて、大学の生協で毎回注文していたのですが、最近は注文せずとも取り置いてくださるようになりました(笑)。先日、篠原先生と対談させていただく機会がありまして、サインをいただきまして……すごく感激でした、役得ですね(笑)。作品自体も、ハレムという限定された濃厚な人間関係をとても上手に描かれてまして、私が読んでもすごく勉強されているな、というのがわかる作品です。少しでもハレムに興味を持った方はぜひ読んでいただきたいですね。

――ありがとうございます、最後にですが、この本を読んで、現代の日本人が学ぶべきこと、見習ったほうがいいんじゃないかということがあればお教えください。

小笠原 この本の結論部分でも書かせていただいたんですが、やはり男性だけで家系を継承していくのは非常に困難なことだという事実を受け止めることですね。オスマン帝国のハレムの場合は君主制ですが、それは一般家庭においても同じですよね。無理にでも継続させていくために、一夫多妻とか宦官とか、そういう制度を使っていくわけですが、当然のことながら現在の倫理観からは認められない。なので現在の君主制においては、時代に適した新しい形というのを模索していく必要があるのではないか、ということですかね。

――日本でも常に議論されている、女系天皇とかも当てはまるでしょうか。

小笠原 非常に難しい問題ですが、イギリス王室を研究されている君塚直隆先生によると、イギリス王室も現在そういう面で非常に苦労されていると聞きます。どこの国も昔の君主制を踏襲しようとすると、どこかで無理が生まれてくる。もちろん、歴史を慮るということはとても大事ですが、柔軟に考えていく必要があると思います。

――たしかに、過去の事例を参照することで、よりよい未来につなげていけたら素晴らしいですよね。最後に、今後のご予定についてお聞かせください。

小笠原 このハレムの研究と並行しておこなっているのが、オスマン帝国の滅亡と、トルコ共和国の建国をめぐる歴史です。実は今年2022年がオスマン帝国滅亡100年にあたり、来年がトルコ共和国建国100年にあたります。そういうこともあって、いまトルコ建国の父であるムスタファ・ケマル・アタテュルクについて書いているので、来年それを出版できればいいなと思ってます。

――楽しみにしています。書籍の最後のほうに、ちょうど執筆中にお子さんが生まれたということを書かれていて、次世代に対して“こういう制度を持った国があったんだよ”と教えていく意味合いもあるのかな、と勝手にジーンとしました。

小笠原 ありがとうございます。執筆中、オスマン帝国における王子の待遇や処遇のツラさに触れていたので、子どもを抱きつつ、「オスマン帝国の王子に生まれなくて良かったね」と言いながらあやしていました(笑)。


プロフィール
 
小笠原 弘幸(おがさわら・ひろゆき)
1974年、北海道生まれ。青山学院大学文学部史学科卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。2013年から九州大学大学院人文科学研究院イスラム文明史学講座准教授。専門はオスマン帝国史およびトルコ共和国史。主な著書に『イスラーム世界における王朝起源論の生成と変容』(刀水書房)、『オスマン帝国』(中公新書、樫山純三賞受賞)、『オスマン帝国英傑列伝』(幻冬舎新書)、編著に『トルコ共和国 国民の創成とその変容』(九州大学出版会)など。