ロシアによる侵攻からウクライナを勝利に導くため、多くの国の議会で演説を重ねてきたゼレンスキー大統領。決して手当たり次第に協力を求めているのではなく、聞き手の国にとってどんな言葉が響くのかを考えられた演説になっているという。政治・教育ジャーナリストの清水克彦氏が、それぞれの国・地域が抱えたバックボーンとゼレンスキーの言葉の結びつきについて語ります。

※本記事は、清水克彦:著『ゼレンスキー 勇気の言葉100』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

砲撃が続いているので数分しかお話しできない

▲砲撃で荒れたウクライナ首都近くのイルピン 出典:Ivan Vasylyev / PIXTA

ゼレンスキーは、ロシア軍による侵攻を受け、EU議会を皮切りに、イギリス・カナダ・アメリカ・ドイツ・イスラエル・イタリア・日本・フランス・オーストラリア・韓国など、10か国以上の議会にオンライン形式で登場し、ウクライナの窮状を訴え、具体的に支援してほしい内容を語ってきた。

国ごとに話す中身がしっかりとカスタマイズされており、その国のリーダーや国民の琴線に最も触れる言葉は何かを、表現は悪いが“計算し尽くしている”のが特徴である。

日本の政治家にも、小泉進次郎や元総理大臣の麻生太郎を代表格に、遊説先でご当地ネタを盛り込んで語る政治家はいるが、内容をちょっとアレンジしましたというレベルではない。そこが彼の“コミュ力”のすごさである。

ロシア軍の猛攻が続くさなかに登場したEU議会での演説は、聞く人すべての心を打った。

「砲撃が続いていますので、皆さんとは数分しかお話しできません」

話せば5秒にも満たないフレーズから感じ取れるのは、“戦争のリアル”である。

第一次世界大戦と第二次世界大戦で多くの血を流し、冷戦後もロシアの脅威に直面してきたヨーロッパ諸国にとっては、最も効果的な言葉であった。

日本とは協調する姿勢を見せたゼレンスキー

「侵攻したロシアは悪、侵攻を懸命に食い止めようとしているウクライナは善」

この構図を決定づけたのは、EU議会での演説とイギリス議会での演説ではなかったかと思っている。

ゼレンスキーは、イギリス議会での演説で、徹底してイギリス人を想定したメッセージを発信し続けた。

文豪シェークスピアが描いた悲劇『ハムレット』から「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」(To be, or not to be, that is the question)を引用し、「答えは『生きるべきだ』」と続けた。

また、第二次世界大戦で西部戦線最大の激戦となったダンケルクの戦いのあと、チャーチルが残した名言も用いた。

「私たちは海岸で戦う、水際で戦う、平原と市街で戦う、丘で戦う。私たちは決して降伏しない」

ゼレンスキーはチャーチル同様、ロシアに屈しない意思を、かつて同じ経験をしたイギリス国民に向けて語りかけ、「皆さんの力を借りて」とつけ加えた。聞き手の共感を得たうえで、謙虚に助けも求める演説。ここにも彼の“コミュ力”の高さを垣間見る思いがする。

その一方で、ドイツ連邦議会では、天然ガスなどのロシア依存が戦費を増大させたと批判し、イタリアでも「ロシアの富豪たちのリゾート地になるな」と釘を刺した。

いずれも、その国ごとにカスタマイズされた指摘ではあったが、日本でも、安倍政権時代、安倍晋三とプーチンが27回も会談したことなどに触れ、「ロシアを止めてほしい」といった言及があるのでは、との懸念もあった。

しかし、それは杞憂に終わる。

ゼレンスキーは「自由や平和を思う気持ちに距離はない」と、日本と協調する姿勢を見せ、「アジアで日本が最初に援助の手を差し伸べてくれた」と持ち上げてみせた。攻撃的だったヨーロッパでの演説とは一線を画す、穏当な発言が続いた。

日本はこれまで、国際社会の先頭グループを走ることにこだわりながら、決してトップに出ることはしないという外交スタイルを貫いてきた。

それを見越したのか、ゼレンスキーは、日本外交や真面目な国民性に配慮したうえで言葉を重ねた。東日本大震災と結びつけ、ロシア軍による原発施設への攻撃などについて語った点も、「よく練られているな」と感じた部分である。

▲日本とは協調する姿勢を見せたゼレンスキー イメージ:流しの / PIXTA