豊富な音楽知識で『サザンオールスターズ 1978-1985』『EPICソニーとその時代』などの著作のほか、ラジオパーソナリティーやTV番組の出演など、幅広く活動を行っている音楽評論家のスージー鈴木。

今回、国民的バンドであるサザンオールスターズの桑田佳祐の歌詞にフォーカスをあてた『桑田佳祐論』(新潮社)を上梓した彼に、なぜ今、「桑田佳祐」の「歌詞」に注目したのかを聞いてみた。

“サザン=夏だ!海だ!”的な風潮に一石を投じたかった

――これまで多くの著作を発表されてきたスージーさんが、今あらためて『桑田佳祐論』を発表しようと思ったのは、どういうキッカケだったのでしょうか?

スージー鈴木(以下、スージー) この歳になると、みんなが語っていることではなくて、自分しか語れないことってなんだろう?ってよく考えるんですが、それがサザンオールスターズにあるんじゃないかと思って。以前、『サザンオールスターズ 1978-1985』という著書を新潮社さんから出させていただいたんです。

――拝読しました。サザンの初期について、自分はリアルタイムでは知らない世代なので、あの本からいろいろな発見がありました。

スージー ありがとうございます。あの本では初期サザンのすごみを新潮社の金さんと書かせていただいて、評判が良くて。あの本を書いて、何かやり残したことあっただろうかと考えたときに、自分と周りも含め、桑田佳祐の歌詞があまりにも語られていないんじゃないかと思ったんです。

――なるほど、そこにスージーさんしか語れない「語り代(じろ)」があると考えたんですね。

スージー はい。初期サザンにやられた自分ですが、今でもサザン、そして桑田佳祐を追いかけていて、サザンのコンサートをPayPayドームで見たりとか、桑田佳祐のソロを横浜アリーナで見たりしています。まあ盛り上がるんです、そりゃそうですよね(笑)。

でも、ふと、“『ROCK AND ROLL HERO』で盛り上がってるけど、みんなにはどう響いてるんだろう”とか“『マンピーのG★SPOT』の「芥川龍之介がスライを聴いて“お歌が上手”とほざいたという」って歌詞、どうやって受け止めてるんだろう“って思うんです。

――たしかに、『マンピーのG★SPOT』はタイトルもさることながら、そこの歌詞もすごい。

スージー “サザン=夏だ! 海だ! 最高だ!”みたいな風潮に対して、別の切り口から向き合って、まな板に乗せる本があってもいいんじゃないかって意識がありました。

――自分の話で恐縮ですが、音楽に目覚めたキッカケが奥田民生さんで、民生さんもよく“歌詞考えるの好きじゃない”とか、“あまり意味を持たせたくない”って言うんです。でも、民生さんの歌詞が大好きだし、その言葉が半分謙遜を含んだ目くらましだってのも、今になったらわかるんですね。

スージー はいはい(笑)。そうですよね。

――桑田さんも、それに近い考えがあるんじゃないかとは思ってて。スージーさんも引用されますが、著書の『ただの歌詩じゃねえか、こんなもん』(新潮社)というタイトルからも、歌詞への距離感がわかるし、ご自身で歌詞について語ってるイメージもない。さらにラジオ番組『やさしい夜遊び』での企画、「桑田佳祐が選ぶ邦楽ベスト20」でも曲を紹介したあと、桑田さんは“歌詞はちゃんと聞いてないんだ、ごめんね”って何度も繰り返す。

スージー 桑田佳祐や奥田民生が歌詞をぞんざいに扱っているように見えるのも、よくわかるんです。1980年代っていうのは、洋楽に近づいていこうということで、サウンドとしてももっとイノベーションしていこう、という時代だったと思うんですね。逆に90年代はJ-POPにはじまって、カラオケボックスの文化であり、歌詞に注目が集まるようになったけど、わりと表層的というか、お涙ちょうだいのわかりやすい歌詞が増えた印象があって。

ですので、歌詞を語る機会というものが少なかった時代に青春を過ごした人は、歌詞をぞんざいに扱うようなスタンスを取りがちなんじゃないかなと思っていて。であれば、国民的人気者のサザンオールスターズ、そして桑田佳祐の歌詞に対して、一本の補助線を引いてみて、こんなことを歌ってたんじゃないか、ということは語ってもいいんじゃないかと思ったんですね。

――冒頭の“こんなもん、ただの歌詩じゃないよ”という言葉は、スージーさんからのささやかでありながら、芯の通った反論であるように感じ取りました。

スージー 『サザンオールスターズ 1978-1985』という本において、曲ごとに星マークをつけるという、ちょっとヤンチャなことをしたんです(笑)。あれは中山康樹さんという評論家の方の『クワタを聴け!』をオマージュして、僕は中山式と呼んでるんですが(笑)。今回は、もう単純に歌詞にフォーカスを当てて書く。桑田佳祐の歌詞は広くて深いんだ、ということを伝えたかったんです。

ソロ『孤独の太陽』で一冊作りたかったくらい

――スージーさんの本もたくさん読ませていただいているので、行間を読んでしまうのですが、『涙のキッス』などに代表される、90年代前半の楽曲がないなと思って。

スージー あ、確かに『Southern All Stars』とか『世に万葉の花が咲くなり』の曲が入ってないですね。気にしてなかった!

――(笑)。というのも、自分が物心ついたときのサザンオールスターズって、そこらへんだったので。

スージー 特にそのあたりの曲が語れないとか、好きではない、ということでは決してなくて。時系列でいえば、そのあとに出したソロアルバム『孤独の太陽』が、ショッキング過ぎたというのがあるかもしれません。

――大好きです。

スージー 正直、『孤独の太陽』だけで一冊作れちゃうくらいです(笑)。そのショックが『Southern All Stars』『世に万葉の花が咲くなり』を超えたというのはあると思います。

――あのアルバムは本当に素晴らしいですよね。個人的には『孤独の太陽』の収録曲の中でも、当時論争を巻き起こした『すべての歌に懺悔しな!!』について語っているのが素晴らしいなと思いました。正直、あの曲をキッカケにして、他のミュージシャンも巻き込んだ騒動になってしまったので、この本では意図的に無視することも可能だったわけで。

スージー 個人的にゴシップの類は全く興味ないんですが、国会図書館まで行って当時の記事を調べましたよ(笑)。いろいろと事実を抑えたうえでも、やっぱりあの歌詞は桑田佳祐自身への自虐として捉えたほうが面白いと思いますね。