片手でできなきゃ口を使う「なにくそ根性」

▲レバーを丁寧にトリミングする(撮影:キンマサタカ)

僕は包丁を定期的に研ぐ。ホルモンは大きい包丁を使って、その重さで切るんだ。レバーの仕上げはスッと引いて切る。

切り口が味を左右するから、包丁の切れ味は大事だ。特に僕の場合は、切れ味がちょっとでも悪くなると、そのぶん負担がかかるから、包丁の刃には常に気を配ってきた。

だから包丁はどんどん短くなっていく。今はちょっと短いかな。調子がいいのは買ってから2〜3年くらい。研げば研ぐほど短くなる。包丁なんて、高いの買っても毎日使うから安いもんだと思うよ。

▲少しでも切れ味が鈍ると包丁を研ぐ(撮影:キンマサタカ)

修行を始めた頃は、包丁も研げなかった。片手が悪いから、うまく押さえることもできなかったんだ。

それに、ホルモンを入れてある大きなビニール袋を開けるのもできなかった。固く結ばれたビニール袋って開けるのに難儀するだろう。最初はどうやって開けたらいいか途方にくれたもんだ。

でもさ、すぐに口を使って開ける方法にたどり着いた。見た目は少々悪いけど、手と歯を使えば一人でも開けられる。こうやって工夫してきたんだ。

もちろん何をするにも、慣れるまでに時間がかかるよ。でも、できるようになると面白くなってくる。やればできるってことに、だんだん気づいていくんだよね。苦労してでも、自分一人でできるようになる、それだけでうれしいんだ。

だから、僕はいろんな人に言うようにしている。「できないんじゃない、それはやらないだけ。とにかくやりなさい」って。

自分はできる、乗り越えられる、常にそう思ってなさいって人には伝えている。やってできないことはないんだから。

僕がこんなハンディキャップを背負ってるって知らない人も多い。まぁわざわざ自分から言うことじゃないしね。僕の働く姿がテレビで放映されたときは、「僕のおかげでやる気になった」って障害者の方もいたんだって、そんなうれしい話を聞いたよ。

この前は、富山からわざわざ僕に会いに来た人がいたね。一緒に写真を撮って、「感動した」って言ってくれた。「まだまだ自分なんて努力が足りない」って思ったって。本当にありがたい話だよね。

僕はね、「ハンディキャップがあるからできない」とは絶対に思わない。できないことなんてないと思うんだよ。どんなことでも、やる気があるかないか。最初から諦めているようではダメだよ。チャレンジしないと。

でも、僕がそんな心境に達するまでは、長い長い時間がかかったからね。「なんで僕だけ右手が」ってクヨクヨ思ってたこともあった。

他人と比べて、恵まれていたことがあるとしたらこの性格かな。いつも陽気な性格だって言われるよ。嫌なことも寝たら忘れちゃう。こればかりは努力でどうなるもんでもないからさ。


プロフィール
豊島 雅信(とよしま・まさのぶ)
1958年11月8日生まれ。 東京都出身。 兄の久博さんが母親と始めた 『スタミナ苑』 に15歳で加わり、肉修行がスタート。 以来、 ホルモン一筋50年! 毎晩、 閉店後の深夜から、 翌日に提供する肉とホルモンの仕込み作業を朝方まで続ける。予約が取れない名店として広く知られ、時の首相や著名人、食通が通いつめ並ぶほど。新鮮なホルモンと肉の病みつきになった焼き肉ファンが作る行列は、17時の開店2時間前から23時の閉店直前まで途切れることがない。1999年には、アメリカ生まれのグルメガイド 『ザガットサーベイ』 の日本版で、 総合1位を獲得。2018年には『食べログアワード2018ゴールド」受賞。