昔のお客はまだ温かい生レバーを食べていた
昔のホルモンの仕入れってのが、また変わっていた。なんせ食肉処理場に肉屋が自分で取りに行くんだから。内臓がテーブルにズラーッと並んでて、おろしたてのレバーはまだビクビク動いて、湯気が立ってた。新鮮な肉と内臓が昔は簡単に手に入ったんだ。
それを店に持ち帰って、さばいてすぐに提供する。当時はランチ営業をしていたから、タクシー運転手が仕事明けに店に来て、仕入れたてのまだ温かいレバーを頬張ってたよ。
大らかな時代だったね。狂牛病以降は脳髄の検査があるから、勝手に立ち入ることはできなくなったんだけどさ。
ホルモンは闇市の時代からずっと続く伝統的な食材だ。昔は「放るもん=ホルモン」が語源って言われてるように、日本ではほとんど食べられることがなかった。でも、戦後は食料がないし、なんでも売られていた時代だった。食うもんがなかったら、食べるしかないだろう。
狂牛病以降、内臓は問屋を通さないと絶対に手に入らない仕組みになった。じつは牛の内臓って、なかなか手に入らないんだ。
それは供給量が決まっているから。ホルモンだけ欲しいと思ってもさ、牛をしめないと内臓は出てこないだろ。つまり正肉の供給量に左右されるから、簡単には手に入らないんだ。質のいいものならなおさらだね。付き合いのない新参者が欲しいといっても、まず分けてもらえない。
問屋の仕事はいいものを用意することだ。僕の仕事は、いいホルモンをお客に提供すること。そのためには長い年月をかけて築いた信頼関係が生きるんだ。
以前はホルモンをしめたその日に届けてくれたけど、今は狂牛病の検査があるから、翌日じゃないと届かない。
夕方の5時に内臓が来る。その日のうちに仕込みをしないと、翌日の営業で新鮮な内臓をお客に提供することができないだろ。だから、僕は深夜に仕込みをするんだ。
例えば、今仕込んでいるホルモンは、新鮮だからきれいなピンク色をしている。これが時間が経つと、だんだんドドメ色になっていく。だから、すぐに処理しなくちゃいけない。
お客さんを入れる前は、別にやることがあるし、内臓の処理にはどれくらいの時間がかかるかわからない。
だから、僕は夜、営業が終わったあとにじっくりと仕込みをするんだ。