コロナ禍でリモートワ―クが一気に普及した現在。感染拡大が落ち着きを見せるなか、この先も在宅勤務を続けるかどうかで悩んでい企業は多くある。そんななかで、米電気自動車大手「テスラ」のイーロン・マスクCEOが、会社幹部に向け送ったメールが物議を呼んだ。

ここまで普及したリモートワーク、実際には合理的なのだろうか。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任した小倉健一氏が、調査結果などをもとに語る。

※本記事は、小倉健一:著『週刊誌がなくなる日 -「紙」が消える時代のダマされない情報術-』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

イーロン・マスクと社員の激突

米電気自動車大手「テスラ」のイーロン・マスクCEOによる、米ツイッター社の買収劇は、偽アカウントの割合をめぐる意見の対立から膠着状態になっている。今後の行方は不確定要素が大きいが、マスク氏はツイッター社を買収していれば、世界で最も影響力のあるリーダーが使用する「コミュニケーション・メディア」を掌握することになっていただろう。〔注:10月27日、マスク氏は440億ドルでツイッター社の買収を完了した〕

マスク氏はテスラの従業員らに対し、「少なくとも週40時間オフィスにいなければ、テスラを辞めなければいけない」などと求めたことが、従業員らによるツイッターへの投稿や米メディアの報道で明らかになっている。

▲イーロン・マスクと社員の激突 イメージ:nonpii / PIXTA

マスク氏は、はっきりとリモートワークへの否定的な姿勢を見せているが、新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着きを見せるなか、これからも在宅勤務を続けようかどうかと悩んでいる日本企業は多いはずだ。

マスク氏が以前、テスラ社の幹部に送った「リモートワークはもう受け付けません」という件名のメール全文をまずは紹介しよう。

件名:リモートワークはもう受け付けません
本文:リモートワークを希望される方は、最低でも週40時間オフィスにいるか、テスラを旅立つ必要があります。これは、私たちが工場労働者に求めるよりも少ない時間です。これが不可能な、例外的な貢献者がいる場合は、私が直接その例外を検討し、承認します。さらに『オフィス』はテスラのメインオフィスでなければならず、例えば、フレモント工場のスタッフ管理の責任者でありながら、オフィスが他の州にあるなど職務と関係のない遠隔地の支社であってはなりません。 Thanks, イーロン

このメールに反発するテスラの従業員たちには「どこか(別の場所)で働いているふりをするべきだ」と冷たく言い放っている。さらに別のメールでは「あなたがより地位が高いほど、あなたの存在は可視化されるべきだ。だからこそ、私もずっと工場に住んでいた」とし、「そうしていなければ、テスラはずっと前に破綻していた」と述べている。

新型コロナウイルスが大流行した当時も、一時避難の命令を拒否。新型コロナを避け
るため、「無給休暇」を選択した2人のテスラ従業員は解雇通知を受け取った。それほ
ど「出社」を徹底している。

テスラで10年間働き続けることは稀なこと

このようなマスク氏のリモートワークに関する強硬な方針は、米国の重要なソーシャルメディア企業の職場文化とは真逆のものといえる。例えば、ツイッター社はコロナ禍でいち早くリモートワークを進め、「永久在宅勤務」を認める方針を打ち出している。

同社は従業員が自宅やオフィス、外出先から定期的に仕事をする柔軟な職場として知られている。他の大手IT企業フェイスブック(Meta)、Amazonなどは希望する従業員の在宅勤務継続を無期限に認めており、Appleも労働者が少なくとも週3日以上出勤するという条件を停止した。

マスク氏は、現場のハレーションを意に介さず、自分が合理的と考えれば突き進んでき
た。テスラ社においては、しばしばチームと相談することなく新機能を発表し、技術的
な現実と自分の夢とのあいだにある、大きなギャップを埋めることを従業員に強いてきたのだ。

▲テスラで10年間働き続けることは稀なこと イメージ:nawadan drone / PIXTA

その結果、職場は機能不全に陥り、悲惨な結果を招いてしまうこともあったという。2016年、マスク氏は人手を一切必要としない完全自動化工場の開発を公言したが、結局、断念することになった。工場敷地内の野外テントの中で、手作業が多い生産ラインをコツコツとつくり上げた。

その後、自分の失敗であるはずの無人工場のエピソードは、マスク氏の脳内では「テスラの工場で寝泊まりした」という伝説に変換されてしまっている。

米国のニューヨーク・タイムズからは「テスラで10年間働き続けることは稀なことであり、4年間の株式給付期間が終わる前に才能が枯渇し、追い出されることはよくあることだ。このような厳しい環境は、女性や人種的マイノリティにとって、より顕著なも
のとなっている」と指摘されている。

果たして、マスク氏の「合理性」は米国社会に根付くのだろうか。

リモートワークは合理的か?

ここで、一つだけ素朴な疑問がある。それは実際のところ、リモートワークは合理的なのものなのか否かだ。マサチューセッツ工科大学(MIT)などが共同で実施した「Mining Face-to-Face Interaction Networks Using Sociometric Badges: Predicting Productivity in an IT Configuration Task」という調査が、興味深い結果を示している。

▲リモートワークは合理的か? イメージ:NORi / PIXTA

あるIT企業が、システムに関する顧客からの問い合わせに対して、見積もり提案を行う営業活動を調べた。問い合わせは1人で即答できる単純なものから、話し合いが必要な複雑なものまでさまざまだ。

その部署には30人の社員がいて、それぞれにウェアラブル端末を装着してもらい、対面した相手と時間、回数を計測。コミュニケーションの度合いを測ったものだ。その結果、判明したのは次の通りだ。

  • 結束力のあるネットワークでは、スタッフ同士が互いに信頼しやすい。情報伝達が行われやすい。
  • 情報伝達には情報源の協力が必要であるため、情報源にその伝達が自分たちに悪影響を与えないことを納得させることが重要である。信頼がなければ、情報源は単に受信者に情報を渡すことを拒否するかもしれない。メッセージでは協力を得られにくい。
  • 同僚から、より多くの情報、アドバイス、暗黙のガイダンスを必要とする複雑なタスクでは、スタッフ同士の距離が近いほうがプロジェクトの完了を早めるのに役立つ。
  • ただし、単純なタスクにとっては、同僚からの会話の割り込みで作業が中断されるデメリットが大きく、結束力が強いことは成果にとってマイナスに働いてしまう。
  • 対面ネットワークと物理的近接ネットワークを比較すると、物理的近接ネットワークの係数のほとんどが重要ではないことがわかり、対面での会話が物理的近接だけよりも重要であることが示された。

これらは論文から引用したものなので、より簡単な言葉で言い換えてみよう。

  1. 複雑な仕事をしている場合は、スタッフ同士の距離が近いほうがいい。
  2. 物理的に距離が近いというよりも、心理的な距離が近い(会話が常にできる)状態にしておくこと。
  3. 単純作業の場合は、一人ひとりを遮断したほうがいい。

ということだ。在宅勤務が合理的なものになるのかどうかは、この調査からはケースバイケースの模様だ。

会議中だけではなく、常にネットワークを切らずに動画中継をして話ができるような
環境を整えれば、調査の示す「近い距離感」を保てるのかもしれない。なにより、ツイッター社のタスクと上記の条件を照らし合わせたとき、どうするのが最も合理的かということが、プロジェクトの成否を分けるということだろう。

デジタルか否か、の二元論ではなく、場合によって柔軟に対応し、「リアルでの能力
を向上させるために」「デジタルを使いこなす」ことが求められる。