擦り傷はセーフ!?
そうして私は、それまで見たことがなかったT V局のお偉いさんと病院に向かった。シルバーヘアの素敵な紳士は、私の愚行を責めることなく、人間ドックもしたことがない私めに精密検査を勧めてくださった。結果、脳に異常は見当たらなかった。
そうなると問題は頭部の裂傷である。医者数人が私の傷口を見る。「う〜ん」と唸りながら医者が言った。
「これなら縫わなくてもいいかな。縫うと逆に良くないかも。うん。みなみかわさん、傷口は綺麗だからさ。とりあえず、このまま薬を塗ってガーゼをしておきますから、数日は安静にしてください」
ほう。そんなものなのか? と思いながら「わかりました」と返事をすると、間髪入れず横にいたシルヘア様が言った。
「ということは擦り傷ですね? セーフですね!」
セーフ!? 何がセーフなんだろう?
テンション高めで眼光が鋭くなっているシルヘア様の横顔を見て考えた。なるほど。傷口を縫うと縫わないとでは話がまるで違うのだろう。縫うとかなり面倒なことになるのだろう。おそらく記者発表とか。優しそうなシルヘア様のうれしそうに光る眼でそう感じた。私だって自分のかけた迷惑を公表してほしくはない。心の中で「よかったっすね〜お互い」とシルヘア様に囁いた。
この出来事で私は2つのことを学んだ。体を張るときは絶対に怪我をしてはいけない。そしてもう1つは、これからの芸人は体を鍛えないといけない。
これです。怪我したらそれで終わり。この先さらにコンプライアンスが大きな声で叫ばれるであろう世の中。ぶっちゃけスタッフさんも演者に無理させられない。そうなると芸人が文脈を読み取り、何も言われないけど勝手に体を張る時代が、そこまできてるのではないか?
そして、これが一番大事なのだが、もし怪我でもしようもんなら二度と使ってはくれない。つまり自発的に体を張り、そして絶対に怪我をせずに派手に笑いをとる。綱渡りのような現場を毎回生き抜かなくてはならないのだ。
そうなると、受け身や、柔軟体操、筋力トレーニングが芸人養成所の必須項目になるのではないか?
恐ろしい。すでに芸人らしい、でっぷりと太ったビール腹で、その割に手足が細いという、いわゆる「面白い体型」が許されない時代になってきている。
見事に引き締まった体で、綺麗な受け身をとって、擦り傷ひとつなく綺麗に立ちあがり
「おい! 何をやらせんだ!!」
「死ぬとこだったぞ!!」
と叫ぶのだ。
「あの芸人さんって、すごい安全やわぁ、安全やから好き」と世のおばさまに笑っていただく。ほとんどスタントマンである。職業「スタントマン兼芸人」だ。そのうち、システマの授業も養成所の必須科目になるかもなぁ。
(構成:キンマサタカ)