個人的な話で恐縮だが、放送作家を目指して、NSCの作家コースに通っていたときに、僕は山田ナビスコさんの授業を受けている。北海道の片田舎から出てきた自分にとっては、山田さんが教える作家になるための実践的な授業や、会話からこぼれてくるカルチャーの話、全てがキラキラ輝いて見えた。

当時『ケンドー・ナガサキのバーリ・トゥードin商店街』というビデオを見て、その感想を書くという素敵に常軌を逸した授業があったのだが、自分が書いた感想を読んだ山田さんが「これ書いたの誰? これ書いた子、すぐライターになれるよ」と言ってくれたのは、何者でもない自分にとって、とてもありがたい言葉だった。

多くの東京吉本の芸人が、その感謝を口にする一方で、それに付随するエピソードトーク(遅刻した芸人にブチギレて、劇場の壁を破壊した。『マッドマックス 怒りのデスロード』を劇場で172回鑑賞している……etc.)によって、山田ナビスコの伝説だけが独り歩きしているのが、これまでだった。

そんな山田さんが本を出す、しかも自伝的エッセイだという。『東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年』(宝島社)。ピース又吉直樹、ニューヨーク、ぼる塾、オズワルド……今をときめく数え切れないほどの芸人が、“山田ナビスコが本を出す”と聞いて、帯にコメントを寄せているのを見れば、その衝撃がどれくらいのことか、知らない人にも容易に想像できるのではないだろうか。

滅多に表に出てこない、東京吉本のライブフィクサーが、本を出版。これは元生徒として、お笑い好きとして、話を聞かなければなるまいと、先生と生徒の関係に戻らないように気をつけながら、話を聞かせていただいた。

▲ネタを見る山田ナビスコ

ミスター・サタンと出川哲朗さんは同じ!?

――この本の帯を見れば一目瞭然ですが、東京吉本の芸人で知らない人はいない山田さん。僕はNSC作家コースで実際に授業も受けているからわかるんですが、山田さんが本を出す、しかも自叙伝のような内容だ、ということに衝撃を受けたんです。そういうことからは一番距離を取っている方だと思っていたので。

山田ナビスコ(以下、山田) 確かにそうですね。お話いただいたときは「イヤです」って即断ったんです(笑)。そりゃそうですよ、有名な放送作家さんでも、自叙伝なんて書いてるのほとんどいないんで、おこがましいって。

――その気持ちが変わったのはどうしてなんですか?

山田 本の冒頭にも書いてるんですけど、錦鯉やマヂカルラブリーがM-1のチャンピオンになって、「地下芸人」にスポットが当たるようになった。地下芸人を、テレビに出られずライブにばかり出てる芸人のことと定義するなら、じゃあ僕みたいにずっとライブ作家を自称してる作家が書くことによって、少しでも面白い芸人が陽の目を見るならいいかな、と思ったのがひとつ。あとは……評論家が知ったようなこと書いてるのが腹たってしょうがねえ、っていうのがひとつ。

――(笑)あははは!

山田 個人的には、お笑いが語られるときに、「バラエティ」「ギャグ漫画」とかでカテゴリ分けされてるのが、どうしても腑に落ちなくて。それらが統合された時代の笑いがあるだろうと。例えていうと、僕は、ミスター・サタンと出川哲朗さんって同じだと思ってるんです。

――『ドラゴンボール』に出てくるミスター・サタンと出川さんが? どういうことですか?

山田 ミスター・サタンって、出てきたときはリアクション芸人なんですよ。情けなさも、小賢しい人間臭さも含めて。でも、あの漫画のなかでは一番の常識人なわけですよね。それが数年前、ドッカンバトルってドラゴンボールのカードゲームのCMで、大人になったビジネスマンとかが、自分の状況やしがらみを重ね合わせて、サタンをべた褒めするんです。

――なるほど、時代が変わって、本人は変わってないけど、受け止められ方が変わってくる。

山田 そう、この本にもちょっと書いたんですけど、リアルという言葉に引っ張られて、お笑いも含めたカルチャーが変わっていった、ということがあると思ってます。そういう“時代の笑い”をまとめた書籍を、ある出版社の新書部門から出さない?って言われて、書き上げたら、新書部門がなくなっちゃってたんですよね……。

――(笑)もったいない!

山田 それがかなり前だから、今出すとしたら、ちょっと書き直したり加筆したりしないといけないんですが……。一応、LLRの福田とか、囲碁将棋の文田とかには読んでもらって、面白いって言ってもらえたから、「本を出しませんか?」って言われたときに、その本の話をしたんです。そしたら、「知名度がないと、そういう本は売れないですよ」と言われて。確かにな……と、「じゃあ、東京吉本、東京NSCを語る本だったらどうですか?」と聞いたら、「それだったら面白い」となったので。自分が論評したりするのが好きなのもあるし、この本をジャブとして出してみて……。

――なるほど、その本を出すための『東京芸人水脈史』なわけですね。

山田 そうなんです。ちょっと腸捻転なことが起こったけど、それがこの本の経緯です。