おかずクラブが覚醒したとき

――これまで東京NSC、特に1期生など始まりの頃というのは、かなりブラックボックスだったと思うんです。ハチミツ二郎さんが『マイウェイ』で少し書かれてましたが、あとは伝聞やトークで聞くほかない。まさに当事者として今語れる人って少ないなと思うんです。

山田 二郎ちゃんは一回、吉本を出ちゃってるから、引け目もあるんじゃないかなと思いますけどね。

――品川庄司さんは、東京NSCの1期生なわけですが、自分たちを差し置いて2期生であるハローバイバイさんが会社によって売り出されようとしていることを知り激昂した、みたいな話を聞いたことがあります。

山田 そこに関して言うと、あとになって東野(幸治)さんが語ったり書いたりしてるのを見て、そんなことあったんだって思うくらい。NSC東京出身の芸人の初単独ライブには、8期生くらいまではほぼ関わっているんですよ。もちろん、品川庄司もハローバイバイも知ってる。でも、そういう吉本の会社側の内情というのは知らないんですよ。

▲芸人からの信頼は厚い

――なるほど。本にも少し書かれてますけど、会社側というよりか、芸人側に近いということなんでしょうか。

山田 そうやって言うと聞こえはいいけど、ちょっと前も福岡に吉本の仕事で行ってて、そこで昔からよく知る社員さんと話したんですが、気持ちとしてはヴォルク・ハンが言った「私は前田(日明)の兵隊だ」ですよ。

――リングス・ロシアにいた格闘家ですね(笑)。

山田 ヴォルク・ハンにとっての前田日明が、僕にとっての吉本興業だと考えてもらえると(笑)。ただ、言われたことを遂行していくだけという。

――こうやって、授業の合間にポロッとあふれる知識とか、皆まで言わない真理とかが面白くて、とにかくこの方の授業は聞き逃すまいと思ったんです。

山田 いやいやいや(笑)。大げさですよ(笑)。

――同期に今井太郎くんという作家がいるんですけど、その今井くんが自粛期間中に山田さんにインタビューしてて、それもすごく面白かったんですけど、そこで印象に残ったのが「芸人が覚醒するとき」の話なんです。

山田 はいはいはい。

――山田さんは口が裂けても“自分のアドバイスが覚醒させた”“自分が育てた”とは言わない方というのはわかってるんですが、あえて“この芸人はアドバイスで見違えるように変わったな”と思う芸人についてお聞きしたくて。

山田 本人が言ってくれてるから言うけど、おかずクラブじゃないですかね。

――おお、確かに! 表紙にもおかずクラブと思わしき芸人が登場してますね。

山田 最初の頃、変に肌を露出しがちだったんだよね。この本にも書いたと思うんだけど、女芸人が男に負けちゃいけないっていう、ゆいPの気概みたいなのがあって。女性だけどここまで体張ってます! みたいな。「そういうことじゃないんじゃない?」って言ったら、作ってきたのが、THE Wでも披露した「パンティー売りの少女」。

――めちゃくちゃ面白いですよね!

山田 うん。「そうそう、お前らそういうことだよ!」って言ったの覚えてますね。そこからドンドン変わっていった。

昔と今の芸人との接し方の違い

――僕が接してるNSCに通っているときの山田さんって、すごく優しいイメージなんですが、同期の芸人は少し怖がっていた印象があります。

山田 それはたぶん、当時のNSCの僕の立場で言うと、出来上がっている芸人はけなすんですよ。この業界ってめちゃくちゃ冷たいから、最初は手放しで「いいよ! いいよ!」って誉めてる人たちも、すぐに手のひらを返す。だから、なるべく他の作家さんが褒めてる芸人は、欠点を見つけてダメ出しをする。在学中の芸人は僕に対して、なんでこんなイヤなことすんのかなって思ってたんじゃない? 僕は卒業してからのほうが、しっかり関わっていくから。

――そこも芸人のことを思ってだったんですね。

山田 ちょっとズルいかもしれないですけど(笑)。僕がやってた授業って、始まって最初の頃はネタ見せの授業じゃないんですよ。座学の授業で、その後はコーナーの授業。それはなんでかっていうと、ネタできるやつを凹ますっていう目的があって。“ネタが面白くても、コーナーだとキャラクターあるヤツに一撃で持ってかれちゃうよ”っていうのを見せつける。

――その話でいうと、この本に出てきた“『ダウンタウンのごっつええ感じ』を見てきた世代には、まずチームプレイを教える”という話も、なるほどと思いました。

山田 多感な時期に『ごっつ』を見てる世代は強いよね、ああいうのが教科書としてあったら、発想とかかなわないなって思います。『ごっつ』を見てる世代をNSCでいうと、9期生から14期生くらいまで。しずる、ライス、チョコプラ、井下好井とかは最初からネタの完成度が違ったんですよね。だから、そういうネタのできる世代の芸人には、“お笑いはチームプレイだ”というのを、コーナーライブの授業とかで見せましたね。

――なるほど、ネタだけじゃないぞっていう。本の冒頭にも出てきますが、銀座7丁目劇場は、蠱毒〔壺に入れた毒虫を互いに争わせ、最後に残った一匹を祀る〕のような劇場だったと。若い芸人を競わせるというのは、まさにそういうことなのかなと。

山田 というか、銀7を通ってきている東京吉本の芸人は、どこかでやはり極楽(とんぼ)さんに影響を受けている、というのを自覚せざるを得ない。その場で作っていく笑いっていうのは瞬発力がすごい。ネタはもちろん大事だけど、僕なんかは“そこだけだと、その先大変だよ”っていうのを、早めに教える役目だったのかなと思いますね。

――ここ数年、NSCに入ってきた芸人志望の方たちを見て、感じることはありますか?

山田 まあ自分が講師をしていた頃と比べると、メンタルが弱いかな、と感じることは多いですかね。昔は「自分が天下を取ります」と息巻いていたヤツらを相手にしていたから、鼻っ柱をへし折ってやらなきゃ、という気持ちで接していたけど、今の子に同じことやったら、完全に凹んじゃなうと思うんですよね。

だから、今の子と接するときは、1個良いところを見つけてあげる、個人的には1個も見つからなかったら「自分たちとしてはどこが面白かった?」と聞いて、「だったら、こうしたほうが伝わるよ」ってアドバイスをする。一時期、NSCの講師からは離れていたんだけど、そのあいだに自分の中でも考えることがあって、そこからはガラッと変わりましたね。

――なるほど。ちなみに、この本には「基礎」という言葉がよく出てくるんですけど、山田さんにとって「基礎」とはなんですか?

山田 そりゃあ「ドリフターズ」ですよ!

――(笑)。僕が授業を受けていたときも同じこと仰ってました。1回ドリフのコント、台本に起こしてみなって。全ての要素があるからって。だから、その授業のあと、すぐに渋谷のTSUTAYAに行って、DVDレンタルして台本に起こしましたね。

山田 真面目だねえ(笑)。

――いや、僕は自分に才能がないと思っているので、なんとか情報量だけは他の人に負けないようにしようって。あの世代だと、今も作家として活躍している今井太郎くん(@tar02)と谷口マサヒトくん(@taninokuchi)が圧倒的だったので。

山田 そうだね、あの期の作家だと2人が抜けてたよね。