蛍光灯やガラスを使用した過激なデスマッチと、ヘビー級選手たちによる迫力満点のファイトで、プロレス界で独自の存在感を放つ大日本プロレスが、間もなく旗揚げ25周年を迎える。そんな大日本の二枚看板である伊東竜二選手と関本大介選手が、団体の魅力と旗揚げ以来屈指のピンチという、現在の状況について心の内を語ってくれた。この豪華な対談を今日・明日と2回に分けてお届けする。
「伊東選手を呼び捨てなんてあり得ない」(関本)
「大介は誰もが思い浮かべるプロレスラーを体現」(伊東)
──まずは『ニュースクランチ』読者の皆さんに、お互いの紹介をお願いします。
関本 伊東竜二選手は15年以上にわたって、大日本プロレスのエースとして活躍しています。いわゆるデスマッチファイターですが、手先が器用でアイデアも豊富な選手なので、試合で使用する凶器も自分で制作します。だから“デスマッチ・アーティスト”とも呼ばれていますね。
伊東 関本大介は見るからに普通じゃない筋肉に覆われた肉体を持つ、誰もが思い浮かべる、プロレスラーのイメージを体現する存在ですね。自分と違って通常のプロレスルールで闘っていますが、他団体からも引っ張りだこで、大日本に外貨を稼いで来てくれる頼もしい選手です。
──伊東選手はデスマッチ、関本選手は通常のプロレスルール。そんなお二人が両輪で引っ張っているのが、大日本プロレスという団体ということですね。
伊東 そうですね、蛍光灯などを使った自分たちのデスマッチもあれば、大介たちヘビー級の迫力満点の試合もある。さらに数年前からはスピーディーな軽量級選手たちによる、ジュニアヘビー級戦線も活性化してきました。一つの大会でこれだけ多彩なプロレスを楽しんで頂ける団体は、他にはないと自負しています。
──そんなお二人が大日本プロレスでデビューして今年で21年。お二人は同じ年にデビューしていますが、なぜか関本選手は伊東選手に対して敬語ですね。
関本 伊東さんのほうが5歳近く年長ですし、入門も8カ月早かったんですよ。ですから入門した時から今まで、ずっと尊敬する先輩です。呼び捨てなんてあり得ません。
──プロレス界ではデビューした団体に、21年もずっと在籍する選手って、意外と少ないんですよね。
伊東 そもそも21年続く団体が少ないですからね。でも、自分が入団したきっかけは、プロレスラーになろうと決めた時に買ったプロレス雑誌に、大日本の入団募集の記事が載ってたからです。まあ、縁があったというか偶然というか。
関本 自分は明徳義塾高校の野球部員だったんですが、「プロレスラーになりたいです」と進路指導で言ったら、担当の馬淵史郎監督から大日本プロレスを紹介されました。