思春期から呼び出しをくらったよ

そもそも、東京で生まれたから、本当に仲が良かった友達も東京のほうが多かったし、本心ではずっと東京にいたかった気持ちはあったんです。ただ、子供ながらにそのことをお母さんには言いづらくて「ちょっとお父さんに会いに行ってくるね」って口実で、よく東京に戻ってきていたかも。

完全に東京だけで生活するようになったのは中学生から。

中高一貫の女子校に入学したんだけど、とにかく先輩・後輩の上下関係が厳しい学校でした。校内にエレベーターがあるものの、先輩が乗っていたら後輩は絶対に降りなきゃいけない。短い丈のスケートを履こうものなら、先輩から呼び出し……って、みんな呼び出すの好きだよね(笑)。

しかも、中1の生徒に関しては、渋谷へ遊びに行っちゃいけないという謎ルール(※校則ではなく学生だけの暗黙の掟)があって、当時センター街にあったプリクラのメッカとか絶対に行っちゃダメ状態。もし見つかったら……もちろん呼び出しです(笑)。ほとんどの生徒が育ちの良い子だったはずなのに、オラオラ系の集まりみたいな学校だったなぁ。

学生時代といえば部活動。すでにラジオとかで私のことを知ってくれている人は、絶対に帰宅部だと思っているみたいですが、ちゃんと所属していましたよ! それは「英語部」です。

入学してすぐに、色々な部活動を見学する日があって英語部を覗いてみたら、どう考えても英語を勉強しているとは思えない人たちが集まっていたんです。だから「この部は絶対に機能していないな」って(笑)。同時に、放課後におしゃべり(もちろん英語じゃなく日本語で)だけして帰れると思った。とにかく、学校で目立っている派手な先輩たちの集まりで、その中にいたのが私の2コ上で、最強と噂されていた「くさまん先輩」でした。

そこで瞬間、私の勘が働くわけです。「中高一貫の学校で、英語部に入って先輩たちと仲良くすれば、私の学校生活は安心・安全だ!」と。

実際、渋谷で遊んでいるところを中2の先輩に見つかって呼び出されたことがあったけれど、くさまん先輩から「BABIはほっとけ」と忠告されたみたいで見逃してもらえた。私の目に狂いはなかったってことかな。

とはいえ、女子校ってやっぱり独特な世界。私がいた頃は、いじめが多くて不登校になる子もたくさん。女子のいじめって、決められた誰かだけが“いじめて・いじめられて”というより、持ちまわりで必ず一度はやられる時がくる。この前まであの子がいじめられていたのに、今度はあの子に変わった、逆に仲良くなった、みたいな感じで。

それを見て、私は絶対にそんなことはしたくなくて、いじめには関わらなかった。自分は自分。もしいじめられても、その人のことを短い目で見るのではなく長い目で見よう、とも思った。今は私のことが嫌いでも、もしかしたら10年後に助けてくれるかもしれない。だから、良い距離感、良いタイミングで仲良くしようって。

こういう考え方になったのって、小学時代のあのことが関係してる?
それとも、女子校の独特な世界で育ったせいかな?
でも、男同士では絶対にない感覚だと思う。

そういう考えがあったおかげか、私は一度も逃げなかった。渋谷だって行きたいから行くし、先輩から呼び出されたとしても、ちゃんと一人で呼ばれた場所に行く。いじめのターンが私の番になった時も、不登校にならずそういう役割に徹してみた。

そんな風に書くとカッコイイけど、逃げたら「あいつビビってるんじゃね?」と思われるのが嫌だっただけです(笑)。

▲渋谷に行けば誰かしら友達に会えた 画 : BABI