初めてプロレスラーを見てカッコいい! と思った瞬間

その後、ぼくもほかの人と同じようにブルーシートへ地べた座りした。目線より少し上にリングがあるというのは、テレビで見かける風景とちょっと違う感覚だった。

おや? 最初に出てきたのは選手ではなく着流し姿にパンチパーマの演歌歌手らしき男性。なんだろうと思っていると、この人はプロレスラーでありながら唄も歌い、自分のCDをグッズコーナーで販売中だと言っていた。

「闘う演歌歌手だな」

「違うでしょ、歌うプロレスラーでしょ。闘う演歌歌手じゃあ、歌手が本職になっちゃうじゃない」

「どっちでも同じだろ」

二十代と思われるカップルが、ぼくの隣でそんな会話を交わす中、その選手なのか歌手なのかわからない人はベタすぎるほどにベタな演歌を歌いあげていた。そして最後に「どうもありがとうございました。浪江徳二郎でした。それでは皆様、ごゆっくりご観戦ください」と挨拶し、リングを降りる。

浪江といったらこの楢葉に近い、常磐線沿いの町じゃないか。もしかすると、そこの出身なのかも。

試合は全部で6つ。覆面レスラーのマスクはさまざまなデザインが施され、素顔の選手でもスキンヘッドだったりヒゲを生やしたコワモテだったり、長髪で目つきが鋭かったりと、キャラクターが立っている。

子どもたちに人気があるのは、やはりマスクマン。ぼくも素顔の選手よりは覆面を被っている方が名前と一致しやすい。

そんな中、5つ目の試合に移ると場内にお経が流れてきた。そしてリングアナウンサーの人が「第四十七番札所、東北・楢葉巡礼、新垣運命入場!」と告げると、ほかの選手とまるで違ったたたずまいの人が姿を現した。いかつい肉体を白装束で包み、念仏を唱え、リング中央で合掌する。

その一つひとつの動作があまりに美しすぎて、そして神々しくて、体育座りをしていたぼくは直感的に「ここは正座をしなきゃダメだ!」と、お行儀よく座り直した。生まれて初めて、プロレスラーを見てカッコいい!と思った瞬間だった。

『アンドレ・ザ・小学生』は、次回1月19日(木)更新予定です。お楽しみに!!


プロフィール
鈴木 健.txt(すずき・けん)
1966年9月3日、東京都葛飾区出身。1988年9月から2009年9月までの21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後は“表現ジャンル編集ライター”としてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆し、50団体以上のプロレス中継の実況・解説も経験。読売日本テレビ文化センターにて文章講座「鈴木健.txtの体感文法講座」の講師を務める。著書にプロレス界の365日分の出来事を一冊にまとめた『プロレス きょうは何の日?』(河出書房新社)、ムード歌謡グループ「純烈」のノンフィクション本『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語20-21』(扶桑社)がある。巣鴨・闘道館にてプロレスラー・関係者を招いてのトークイベント「鈴木健.txt対決シリーズ」を月一で開催中。Twitter:@yaroutxt、<BLOG>『KEN筆.txt』
プロフィール
榎本 タイキ(えのもと・たいき)
イラストレーター、グラフィックデザイナー。5月9日生まれ、愛知県名古屋市出身(東京都在住)。愛知産業大学 造形学部 産業デザイン学科卒業。インターナショナルアカデミー パレットクラブ京都校イラストレーション科修了。2007年「TOKYO illustration」公募入賞ほか、受賞歴多数。2013年 イラストレーション展『HEARTFUL PALLET』ほか、展覧会開催も多数。多くの書籍のイラストも担当。プロレス愛に溢れた作品の数々から、プロレスファンからの人気、信頼は厚く、自身の著書に『プロレス語辞典: プロレスにまつわる言葉をイラストと豆知識で元気に読み解く』(高木三四郎監修/誠文堂新光社)、イラストお仕事で『プロレスきょうは何の日?』(鈴木健.txt著/河出書房新社)、手掛けたグッズに「高山善廣選手 応援クリアしおり」がある。Twitter:@taiki_e、<公式HP>イラストレーター 榎本タイキ