前代未聞の大盤振る舞いで過去に例をみない大補強を敢行したニューヨーク・メッツ。オーナーであるスティーブ・コーエン氏の剛腕によって、ニューヨークの盟主からヤンキースは滑り落ちてしまうのか? “悪の帝国”と揶揄された金満球団は、過去の栄光に過ぎないのか? ニューヨーク育ちのアナリストであるKZilla(ケジラ)氏による徹底解説!

節約モード:少し金欠なヤンキース

前回の記事ではニューヨークを本拠地とする2つの野球チーム、ヤンキースとメッツの縄張り争いについて紹介をさせていただきました。従前はヤンキースが人気及び戦力においてメッツを上回っていたところ、近年は潤沢な資金を得たメッツがスター選手を揃え、ヤンキース>メッツの「常識」を覆そうとしています。

ヤンキースファンとしては「ニューヨークといえばメッツ」と言われる未来など耐えられないので、このまま台湾に移住をして味全ドラゴンズファンにでもなろうと検討中です。

さて、2020年以降大型補強を連続で行なっているメッツ。それに対して近年のヤンキースはどうでしょう。帝国の逆襲は見られるでしょうか? 早速、2020年以降のヤンキースの補強状況を見てみましょう。

 

まず2020年及び21年オフには合計1億4,850万ドルの補強に留まり、同期間に6億9,360万ドルの補強をしたメッツの4分の1以下。「やる気がない」としか言えないレベルのひもじさが目立ちますね。

特に21年オフには、ヤンキースの最大の補強ポイントであった遊撃手を守れるスター選手の多くが、フリーエージェント〔FA:チームとの契約が終了しどのチームとも契約ができる状態の選手〕として市場に出回っていたのに、誰一人と契約をせずに終わったときには世界中のヤンキースファンが幻滅しました。

これはわりと有名な話ですが、本来のヤンキースは大金を叩き、スター選手を揃えて常勝軍団を形成してきたという金満な球団として長年リーグを圧倒してきました(NPBでいうと読売巨人やソフトバンクホークスのようなイメージ)。しかし、近年は「ぜいたく税」の影響もあり、ここ数年は無尽蔵に高額年俸を払うのは避けており、逆に生え抜き有望株の育成により注力をする傾向にあります。

※ぜいたく税とは:簡潔にまとめると、チームのペイロール(全選手の年俸総額)が一定のしきい値を超えた場合、しきい値を超えた額に「税」が課されます。税率はしきい値を超えた具体的な金額、及び、しきい値を超えた年数によって変わる(しきい値を大きく超えるほど税率が上がる、また数年連続でしきい値を超えた場合は税率が徐々に上がっていく)。本記事を読むにあたって、ぜいたく税は「金満球団が無制限にお金を使うことを制限するペナルティ」と理解いただければ十分です。

その一方、数km東に目を向けると、メッツはぜいたく税に囚われず、お金をバターのように溶かしているわけです。そのバブリーぶりと見比べると、まさにヤンキースと立場が逆転してしまったわけです。今まではヤンキースがガキ大将の兄貴で、メッツがひょろ長い弟分だったのが、夏休み中に弟が身長10cmと筋肉10kgをつけて、急にレディらに人気が出ている横で、兄貴が食堂の端っこでセロリーをかじりながらハーレムを楽しむ弟を悲しい目つきで見つめ、「昔は俺が強かったのにな」と後ろめたい気持ちなっているイメージでしょうか。

悪の帝国へ逆戻り:ヤンキースの逆襲

それでは2022年オフはどうでしょうか。一番大きい動きは、なんといっても主砲アーロン・ジャッジ選手と9年3億6,000万ドル(年俸は野手史上最高額の4,000万ドル)の超大型契約を締結し、慰留に成功をしたこと。

2022年シーズンにアメリカン・リーグ歴代最多記録となる62ホームランを放ち、アメリカン・リーグMVPを無事に獲得したうえでFAとなったジャッジ選手は、史上最高額レベルの契約を締結することが見込まれており、実際にヤンキースのほかに、サンフランシスコ・ジャイアンツから同額、サンディエゴ・パドレスからは脅威の4億ドル規模のオファー提示があったようです。

ヤンキースにとって、2017年から主砲及びチームのリーダーを務めていたジャッジ選手は、戦力上・チーム運営上・ファンの支持上のいずれも欠かせない存在であり、残留以外の選択肢はありえませんでした。これを踏まえると、前年まで節約モードだったヤンキースでもここで大金を積むのは当然の話で、これだけでメッツと同様に「金にもの言わせず補強モード」に入ったとは言えないでしょう。

▲ A・ジャッジがヤンキース残留 第16代キャプテンに  写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

しかし、この数日後にヤンキースの本気度合がようやく見られます。約1週間後、先発投手の目玉FAだったカルロス・ロドン投手を、6年1億6,200万ドルの契約で獲得との発表がされたのです。

ロドン投手は、ここ2年エース級の成績を残していたものの、過去の故障歴(過去2年以外で最後に怪我なくシーズンを投げ切れたのは2016年)が懸念されて、一部のチームが忌避をしていたなか、ヤンキースは強気の6年契約提示で無事獲得に成功しました。ここでようやく「昔の金満ヤンキースが帰ってきた」と言えるでしょう。おかえり、ニューヨークのガキ大将!

 

……と威勢良く言いましたが、ロドン投手との契約を踏まえても、ヤンキースのペイロールは下図のようにメッツに遥かに劣ります。

 

ヤンキースもリーグ2位の支出で、3位のパドレスより2,400万ドルも多く年俸を支払う見込みになっていますが、それでも1位のメッツと1億ドル以上の差が生じています。これまで「ヤンキースはひもじい」と小馬鹿にしてきましたが、決してそんなことはありません。つまりはメッツが異常なだけです。

ちなみに現状の計算ではメッツが贅沢税を1億1,600万ドル支払う予定であり、下位11チームのペイロールそのものより高い金額となっています。ヤンキースが華麗なるギャツビーだとしたら、メッツはアベンジャーズのアイアンマンことトニー・スタークでしょうか(意味がわからない)。