ロシアとウクライナの戦争が長引くなか、ついに欧米からウクライナへの戦車の供与が決まり、供与される戦車の数があわせて300両を超えることが明らかになった。昨年はアメリカやイギリスがロケット砲システムを供与したが、アドバンテージになるだろうが「ゲームチェンジャー」となるのは難しいのでは……憲法史研究家の倉山満氏と軍事のプロフェッショナル・小川清史元陸将は対談していました。果たして今回は?

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 究極のブリーフィング-宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

消耗戦では頼りになる「ロケットシステム」

倉山 アメリカが2022年6月1日にウクライナへの供与を発表したHIMARS(High Mobility Artillery Rocket System:ハイマース)という高機動ロケット砲システムは射程70kmで、155mm榴弾砲の射程30kmの2倍以上になる優れものとされています。また、イギリスが6月2日にウクライナへの供与を発表した多連装ロケットシステムM270は、精密誘導ロケット弾の発射が可能で、射程は80kmとのことです。

CSIS(Center for Strategic and International Studies。アメリカを代表する軍事シンクタンク:戦略国際問題研究所)は、これらの兵器がゲームチェンジャー(軍事バランスを変えるもの)になりうるという見方を示していました。はたしてそこまで言えるのか、ということについて伺いたいと思います。

▲包囲攻撃とは?

小川(陸) ロシアは3つの方向から攻撃しようとしていますが、それは包囲戦と呼ぶ形ではありません。包囲は英語ではenvelopmentという言葉を使います。つまり、包み込むような攻撃要領です。

敵防御陣地を正面から攻撃するとき、その後ろの目標を取って、敵を全部包み込むようにする戦い方を「包囲攻撃」、あるいは「包囲戦」と呼びます。湾岸戦争(1990~91年)の第一期のとき、米軍は「左フック」と呼ばれる作戦でイラク軍を包囲攻撃〈1〉しました。その際、さらに迂回攻撃(turning movement)〈2〉も行っています。

当時、イラク軍には後方連絡線としてバクダッドに至る経路がありました。しかし、後方連絡線上に存在する背後の重要目標を取られたため、彼らは現在の陣地にいられなくなり、現在の陣地を捨てて後方の別の陣地に行かざるをえないという状況になりました。

そういう後方への陣地変換を敵に対して強要するような重要な目標を取るのが、包囲攻撃〈1〉をさらに延長した迂回攻撃〈2〉です。米軍の教範では「迂回攻撃は包囲攻撃の一種である」とカテゴリー分けをしており、自衛隊とはちょっと違っています。他には、突破、正面攻撃、浸透攻撃といった、正面から攻撃する方式のものがあります。

包囲攻撃をするには、敵を動けない状態にしておき(たとえば〈3〉の攻撃で敵を拘束)、攻撃側は敵の後ろまで機動し、一気に目標まで到達しなければいけません。湾岸戦争のときには、4日間ないし5日間の戦闘で、包囲部隊〈2〉は一日平均60kmを機動しています。敵を防御陣地地域に拘束する目的で正面攻撃〈3〉を行った海兵隊などは、一日平均10km少々の機動距離です。そういう二種類の機動力がないと包囲攻撃〈1〉はできません。

ちなみに、迂回攻撃〈2〉ではヘリコプターも使っているので、一日あたりの機動距離はもっと伸びています。

包囲戦が成功するか否かは、敵が自ら弱点をつくってしまうか、または攻撃する側にそれだけの威力を持った機動力があるかどうかによります。

▲湾岸戦争での「左フック」作戦で破壊されたイラク軍T-72戦車 写真:JO1 LEE BOSCO / Wikimedia Commons

倉山 つまり、今はロシアもウクライナも、どちらも機動を持っていない状態ということですね?

小川(陸) そうです。ということは、これは消耗戦だということです。消耗戦では何が頼りになるかといえば、火力です。火力に頼って相手を潰していくのが消耗戦の戦い方なので、火力の優劣・精度が非常に重要になってきます。

先に名前の出たイギリスのM270は、アメリカのHIMARSやMLRS(Multiple Launch Rocket System:多連装ロケットシステム)と似ていて、射程がさらに10kmほど伸びるうえに、GPS誘導による高い命中率も有します。その10kmの射程延伸はやはり大きいメリット、アドバンテージになるだろうと思います。

ご質問への回答としましては、「ゲームチェンジャー」とまで言えるかどうかは疑問です。これによって攻撃の仕方が変わるのか、消耗戦から機動戦に移れるのか、と考えたときに、これで機動戦の戦い方を行いうるようになるのか、これだけでは機動戦は行えないと思います。

今までとは違う戦いに移る、消耗戦から機動戦に大きく移るためには、もっと別の兵器が必要です。敵の後ろまで一気に機動するための兵器が不足しています。情報収集能力はあり、それと正確な打撃を行う火力としてはM270で機動を支援できるんですけれども、目標に向かって実際に機動できるものがなければいけません。

だから、私からすると、これだけでは「ゲームチェンジャー」とは呼べないかな、という気がします。ただし、消耗戦にとっては非常に有益な火力であることは確かです。

倉山 戦場レベルではすごく役に立つ兵器だけれど、これで戦争全体が変わるとまで言うのは言いすぎだ、ということですね?

小川(陸) はい。あとは、量にもよりますね。消耗戦によって勝利をもたらすことはあるでしょう。けれども、それはゲームチェンジャーではないですよね。より有利な戦いの役に立つ、ということだと思います。