欧州の経済制裁などたいしたことはないと見たプーチンは、2022年のウクライナ侵攻を決断し、ロシアは今も戦争を続けている。これによって、欧州ばかりか世界中でエネルギー危機が叫ばれるようになった。欧州各国は「エネルギー危機はすべてプーチンのせいで起きた」と言うが、本当のところはどうなのか? 日本のエネルギー・環境研究者の杉山大志氏が語ります。
※本記事は、杉山大志:著『亡国のエコ -今すぐやめよう太陽光パネル-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
プーチンを暴走させた「ネット・ゼロ(脱炭素)」政策
世界の先進諸国は、冷戦の終結後30年間にわたり、熱心に地球温暖化問題を議論してきました。1997年には日本で京都会議が開催され、先進国に温室効果ガス削減を義務化した京都議定書が合意されました。2015年のパリ協定では、産業革命前からの気温上昇を2℃に抑制するという世界共通の目標が合意されました。
そしてここ数年、先進国、なかんずく欧州では、脱炭素政策が採られるようになりました。この結果、石油・ガス・石炭といった化石燃料への開発投資は停滞し、2021年には欧州でエネルギーが不足し、価格が高騰していました。それに加えて、ウクライナでの戦争が勃発し、ロシアからのエネルギー供給が激減したのです。
欧州のエネルギーは、ロシアに強く依存していました。2021年時点で、EU諸国の天然ガスはロシアからの輸入が45.3%を占めていました。ドイツでは脱炭素だけでなく脱原発も進めてきましたが、それによって不足するエネルギーを賄うため、天然ガスの輸入に頼っていたわけです。
脱炭素に邁進した欧州では、ロシアからガスを輸入する一方、石炭火力は縮小されました。脱炭素の政策優先順位が上がり、足下に埋まっている石炭やガスを開発することもありませんでした。
在来型のものとは異なる新しい天然ガスであるシェールガスは、アメリカでは技術開発が進み、投資ブームが起こり、アメリカはそれまでの輸入国から転じて、世界一のガス大国になりました。それを受けて、2011年頃からポーランドやハンガリー、ルーマニアなど東欧では、シェールガスの試掘がブームとなりました。
かつて旧ソ連の衛星国だった東欧は、まだ一部ではロシア産ガスへの依存度が高く、シェールガスブームはロシアへのエネルギー依存の低減という面で歓迎されたのです。ところが、2015年に開発企業が相次いで撤退し、ポーランドでは莫大な投資を行ったにもかかわらず商業化ができませんでした。
資源の賦存(ふぞん)状況が思ったほどよくなかったという点もありますが、環境規制も大きな理由だったようです。規制や税制、採掘に必要な水圧破砕技術の禁止・停止のほか、環境保護を訴える抗議活動も影響したと言われています。
欧州、なかんずくドイツのロシアへの傾斜を、アメリカは苦々しく思っていました。2019年2月、ドイツによるロシア産ガス輸入を拡大する新パイプライン「ノルドストリーム2」計画に対し、アメリカのトランプ政権は「安全保障上の大きなリスク」だと反対しました。
EU内でも加盟国間の対立が表面化していました。ドイツは安いロシアのガスが欲しかった。けれども、ドイツ以外の国は反対したのです。特にこれまで別ルートのパイプラインでガスの通行料を徴収して潤っていたウクライナやポーランドは、その利益が失われるとして大反対でした。
「ノルドストリーム2」が稼働する以前の2020年において、ドイツのロシア産天然ガス依存度はすでに49%に達していました。2014年のロシアによるクリミア併合に対して、ドイツは一応は経済制裁を科したことになっているのですが、実態としては、まったくおかまいなしにロシア依存を高めてしまっていたのです。もしも「ノルドストリーム2」が稼働すれば、この依存度は70%を超える見込みでした。
この状況を見たプーチンは、欧州の経済制裁などたかが知れていると読み、2022年にウクライナ侵攻に踏み切りました。プーチンは欧州が自ら作り出した脆弱性を突いたのです。