2022年の春、関東地方は危うく電力不足で停電になるところだった。火力発電などの電力不足を補うはずの太陽光発電が、あいにくの悪天候続きでほとんど発電していなかったからだ。晴天のときには余った電気を捨て、電気が必要なときでも発電はお天気次第――。日本のエネルギー・環境研究者の杉山大志氏が、それが太陽光発電の“実態”について語ります。
※本記事は、杉山大志:著『亡国のエコ -今すぐやめよう太陽光パネル-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
余った電気は捨てている…日本の電力事情
日本で暮らしていると、いつでもスイッチを入れれば途切れることなく電気が使えます。当然のように思われるかも知れませんが、ほかの多くの国では停電が多く、途上国では毎日のように停電することも珍しくありません。
また、電気は“品質”も大事です。品質とは、停電が少ないことに加えて、周波数と電圧が安定していることを指します。安定した電力を供給するためには、刻々と変わる電力需要に合わせて、遅れることなく電力の供給量を上下させることが必要です。
既存の発電所は電力需要に応じて発電し、一定の周波数を保って安定した電気を供給しています。周波数は、東日本なら50ヘルツ、西日本なら60ヘルツです。50ヘルツというのは1秒間に50回、プラスとマイナスが入れ替わる、という意味です。
日本の電気は、品質が高いことで知られています。これは火力発電所(および水力発電所)が絶えず出力を変化させて、品質を保っているおかげです。
こうして安定した電気が供給されているから、工場は安定して操業できるし、家庭でも不安なく電化製品を使うことができます。周波数や電圧の異なる外国で、日本の電化製品を使うと壊れてしまいます。このことからもわかるように、電気には品質が重要で、そのためには安定した電気を供給できる発電・送電の仕組みが大切なのです。
すでに日本各地で大量に導入されているメガソーラーでは、いま頻繁に「出力抑制」が行われています。太陽光パネルは、電力需要があろうがなかろうが、日が照れば一斉に発電してしまうので、電気が余ってしまいます。そのため、余った電気は捨てているのです。
電力の供給が需要量を越えてしまうと、電圧が上がったり、周波数が上がったりして、電気の品質が損なわれるからです。「電気を捨てることを回避するため蓄電池や送電線を建設すればよい」という意見もありますが、それではますますコストがかさみます。
また、太陽光発電は「電力不足」という弊害ももたらしています。「発電」したら「電力不足」になる、というのはいったいどういうことでしょうか。
何が起きているかといえば、莫大な補助を受けた太陽光発電が大量に導入されてきたことで、火力発電所は稼働率が低下して採算が合わなくなり、休廃止を余儀なくされました。このため、電力不足が常態化するようになったのです。
太陽光発電システム導入のコストは、建築主だけが負うわけではなく、むしろ、国民全体が負うことになります。東京都による義務化は都民にだけ関係しているわけではなく、国民全体への負担となっているのです。以下では、その金額を具体的に計算してみましょう。
負担のツケはすべて一般国民へのしかかる
「1kWの電気1時間分の発電コストを、ほかの発電方法と比較すると太陽光発電は安い」という意見をよく聞きます。2020年当時の発電コストは、事業用太陽光発電で1kWhあたり12.9円でした。資源エネルギー庁は、2030年には1kWhあたり8.2円から11.8円程度まで安くなるとしています。
しかし、安くなるといっても、太陽光発電は欲しいときに発電してくれるわけではないので、実際にはあまりありがたくないのです。
実は太陽光発電は全然“安く”ありません。
太陽光発電は日照に左右されるので、日照のないあいだは火力や原子力などの既存の発電所が電気を作ります。太陽光発電システムを導入したことで、国民全体が節約できるお金というのは、天気の良いときに火力発電所で燃料の消費量を減らせる分だけです。
そこで、火力発電の燃料費を、太陽光発電によって発電される電気の単価とみなして、一般国民にとっての太陽光発電の価値を計算してみましょう。
経済産業省の発電コスト試算では、石炭火力とLNG(液化天然ガス)火力の燃料費は、平均して1kWhあたり5円程度としています。そこで、上の表にある国交省による試算に従って単価を当てはめてみると、15年間の累積で国民が節約できるお金は45万9900円にしかなりません(表B)。
150万円の太陽光発電システムの導入費用のうち、100万円超は「再生可能エネルギー賦課金」や電気料金の一部として、一般国民全体の負担になっているのです。
さらに、日が照ったり陰ったりすると、太陽光発電の出力は上下しますが、これに合わせて火力発電は発電量を上下しなければなりません。これでは設備に負担がかかります。太陽の気まぐれに合わせてオンオフを繰り返すことになるので、設備は傷みやすくなりますし、発電効率も下がります。
太陽光発電のために新たに送電線を造れば、当然お金がかかります。通常よりもかさむ運転コストや送電線の増強など、コストを負担するのは東京都民に限りません。広く一般国民が負担することになるのです。
このように、現行の制度を前提とした「設置者にとっての太陽光発電の価値」は「一般国民にとっての太陽光発電の価値」とはまったく異なるのです。
有り体(てい)に言えば、東京都の太陽光パネル設置義務付けの正体は「東京に日当たりも良く広い家を買って、理想的な日照条件で太陽光発電パネルを設置できるお金持ちの人が、一軒ごとに一般都民・国民から100万円以上のお金を受け取って太陽光発電システムを付け、元を取る」というものです。
このように負担の在り方が歪むのは「再生可能エネルギー全量固定価格買取制度」〔再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを国が約束する制度〕を含め、電気料金制度全体が、今のところ太陽光発電に極めて有利なように設計されているからです。
上の「表B」の試算で、家庭電気料金は1kWhあたり25円だから、太陽光パネルによる発電の自家消費分まで単価を5円とすることに違和感を覚える方もいるかもしれません。しかし、この25円という料金は、何時(いつ)でもスイッチを入れれば電気が得られるという「便利な電気」の料金なのです。
内訳としては、火力発電所があり、原子力発電所があり、送電線があり、配電線があり、その建設・維持のための費用がその大半を占めています。25円/kWhと5円/kWhの差額である20円/kWhがこれにあたります。この費用は、いくら太陽光発電を増やしたところでまったく節約できないのです。
わかりやすい例が電力逼迫(ひっぱく)への対応です。
2022年3月22日、関東地方は危うく電力不足で停電になるところでした。このとき、関東甲信越地方の天気は雨や曇りでした。天気が悪くて、太陽光発電はほとんど発電していなかったのです。つまり、太陽光発電はまったく価値がなかったということです。晴天のときには電気を捨て、電気が必要なときでも天気次第――それが太陽光発電の“実態”です。
ここのところ、日本政府は夏や冬が来るたびに節電を要請していますが、産業や国民生活を委縮させ、経済成長を鈍化させる損失は甚大です。電力逼迫解消のためには、太陽光パネルを増やすのではなく、需要に応じた供給ができる火力発電や原子力発電を維持・増強し、またこれら発電所から家庭までの送電線を維持していくしかないのです。