子供を夢を諦める言い訳にしない
「11時18分、3188グラム。元気な男の子が生まれてきました」
やったー! 駆け足で病院へ駆け込むと「赤ちゃんはまだカプセルに入っていて会えない」と言われる。とりあえず嫁の寝ている病室に向かう。カーテンを開け、ベッドにいる嫁を抱擁する。
「ありがとう! 大変だったよね! 頑張ってくれてありがとう!」
出産の苦しさを思い出したのだろうか、あるいは俺の顔を見てホッとしたのか、嫁は泣いていた。どこかで赤ちゃんの泣き声がする。「あれかな〜?」と俺が言うと、嫁は「うちの子じゃない」と言う。すでに泣き声で自分の子か分別がつく嫁に驚く。心も体も、もう母親になっているのだろう。
しばらくして、ガラスごしに我が子と対面する。かわいい赤ちゃんが寝ている。感動と同時に、さっぱり実感がわかない自分にも気づいていた。
「かわいいけど本当に俺の子なのだろうか?」
最初はそんな不謹慎なことを考えていた。子供を見る妻の顔は本当にやさしい。やはり1人の女性から母親に変わったのだ。それに引き換え、男ってやつは。
だけど、翌日、赤子を抱っこしたときの感動は今でも忘れられない。首も座ってない我が子を抱き上げるのはちょっと怖かったが、ピカピカに輝いていた。そうか、俺は父親になったんだ。
独身時代の自分を思い返す。もし芸人を辞めるとしたら、結婚して子供ができたときかもなぁと思っていたんだ。子供のためにも、こんな稼げなくて未来のない仕事をしてる場合じゃないだろうから。だから、子供のため、家族のために夢を諦めて定職に就こう。安定した収入を目指そう。
手のひらに指を近づけると、強く握り返してくる我が子を見る。
「お前が生まれるまでお父さん散々だったけどさ。お前が生まれてからお父さんいっぱい仕事もらえるようになったんだよ。ありがとう」
この子にいつかそう言いたいと思った。お前が生まれたことでパパは夢を諦めたなんて言いたくない。そう思った。スース―と寝息をたてている息子の小指に自分の指を絡める。
「パパは一生お前のこと守ってやるからな」
男同士の約束だった。
(構成:キンマサタカ)