他の自治体も流山市みたいにできるはず
――読んでいてワクワクしたのは、それぞれ別の人々が、“流山を良くしたい”という思いのもと、最後に帰結していくような感覚があったからなんです。ハリウッド映画の最後でそれぞれが力を合わせて頑張る、読後はそういうカタルシスを感じました。大西さんが本を書かれるうえで念頭に置いたことはありますか?
大西 私は基本的には経済記者なので、最初は流山のことを書くときに、人口増加率がどう、税収がどう、保育園を作るのにいくらかけてとか、数字を追いかけたんです。その数字を追いかけているうちに、ではそのキーパーソンは? という感じで、それこそ理容院の方、和菓子屋さん、昔から流山にいる方に誰に会いに行けばいいか、いろいろなところで教わって。実際に会いに行くと面白いんです。
――なるほど。
大西 人に歴史あり、とはよく言ったもので、“なるほど、この人はこういう理由で流山に来たのか”という話がたくさんあって、途中から“あ、これ、数字で書くより、人で書いたほうが面白い”って、そっちにシフトしましたね。
――たしかに、章立てが人になってますよね。
大西 そうです、1人1章。その人の人生が基本、流山の発展、流山の「すごい」に結びついてるんです。
――自分も子育てを経験しているので、こんなに大変なんだって思うんです。共働きだと、保育園ひとつ入れるのにもかなりの手続きを踏んで、それで落とされたりする。
大西 まさに「保育園落ちた日本死ね!!!」の時代ですよね。
――なので、単純に冒頭に書かれている流山市の保育体制とかは、不勉強ながら知らなかったし、羨ましいなって。
大西 そうですよね。「産んでください」「育ててください」と言っておきながら、ほったらかしだと「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」ってなっちゃいますよね。
――だから素人目から見て、これなら他の都市でもできるんじゃないの? と思った政策や施策があったんですが、大西さんから見て、これは他の都市でも真似できるでしょ? と思ったことはありますか?
大西 正直、全部できますよ。そんなに難しいことはやってないはずです。逆に、アンチの人たちは「つくばエクスプレスが通ったからできたことだろ!?」と言うわけです。
――ああ、なるほど。
大西 それは確かにそうです。流山市の発展は、つくばエクスプレスが通ったからにほかならない。じゃあ、そう言う方に逆に聞きますが、つくばエクスプレスの沿線に他にいくつ自治体がありますか?
――たしかに、そうですね。
大西 その自治体全てで、流山のような動きが起きてますか? 起きてないじゃないですか。じゃあ、“流山だけでなぜ起きた?”と考えたときに、他の自治体との違いを探っていくと、それはそんなに必殺技ではないことに気づくはずです。
―――けっして難しいことをしてるわけじゃない。
大西 他の自治体に向けて、私からメッセージがあるとしたら「大事なのは何をするかより、何をしないか」であると。それぞれの自治体には予算の限界があるわけです。その予算をどこにどう割り振るか。保育が大事だ、子育て支援が大事だ、となったときに、一番大きな決断は、“保育園を造ろう”じゃないんです。“保育園を造るために、何をやめるか”なんだ、ということです。
――限られた予算のなかで、何かをやめて、保育や子育て支援に充てないといけない。
大西 そうです。予算に軽重をつけること。それが自治体としての意思表示になるわけです。だけど、今の選挙制度において、予算を特定のところに割り振ると、多くの票を失うんですね。
――なるほど……。
大西 個人的には、小選挙区制になってから、あらゆる政策が“総花的になっている”と思います。経済学者の成田悠輔さんも書いていましたが、熱心に選挙へ行く年配者向けの政策をやれば、確実に票を獲得できる。子育て世代と言っても、子どもは投票券を持っていない、親も選挙に来るかわからない。じゃあ、どっちに向くのが賢いかというと、基本的に保育園より介護施設に向くのは致し方ないことだと思います。
――痛し痒しというか、頭では理解しているけど……みたいな話ですね。
大西 観光について触れた章でも書きましたが、流山は、流山本町と利根運河、この2つに絞ったんです。ただ、他の自治体はこれができない。いわゆる地方政治だなと思いますが、満遍なくやってしまう。この地域はどこも良いところですよって感じで「OOスタンプラリー」とかやっちゃう。これをすると、1ヵ所あたり使える額がかなり少なくなるわけです。
――どっちつかずになっちゃうわけですね。
大西 そう、ポスターを刷って終わり、みたいな。だけど、流山は数ある観光スポットのなかから、2ヵ所に決めたことで、まとまったお金が使える。そうすると、そこで何かが起こるわけです。結局、地方も国政もそうですが、すべきことはわかってる。でも全部はできない。要は「何をするか」ではなく「何をやらないか」なんです。
――満遍なくだと何も起きない。どこかを切らないといけない、ということですね。
大西 で、切られたところからは悲鳴が上がりますよね、そこで、その人たちに対する説明責任が発生するわけです。まず「プライオリティはこっちだ」と言い切る。次にその理由を説明する。子育て世代が増えて、子どもが増えれば、税収が増える、その分をきちんと介護に回しますと。介護を優先してもいいですが、高齢化が進むとどんどん税収が減っていって、いずれ介護に回すお金もなくなっていく。「それでいいんですか?」とはっきり言えるかどうかですね。
――長期的に見てください、ということですね。
大西 そうです。その説明をしっかりしないと、選挙で負けてしまう。
――編集者の方の「最近、流山すごいらしいじゃん、チャチャっと書いてよ」から、日本の政治制度にまでつながるんだ、というのがすごいなと。
大西 市政をよく見たら、民主主義が見えてきた感じですね。