医療の正解が「患者の生き方の正解」とは限らない

イベント終了後、今回の司会を務めた山本医師に特別に話を伺った。

▲司会がめちゃくちゃうまい山本先生

――医療マンガ大賞の立ち上げの目的は、マンガの伝える力を活用するということでしょうか?

山本 そうですね。例えば、第4回のテーマに「歯科検診をして歯を大事にしよう」がありました。もし、横浜市が行政の公式サイトで「歯科受診をみんなでしましょう」とテキストベースで説いても、なかなか伝わらないじゃないですか? 医療の情報は啓発がすごく大事なんだけど、ちょっと難しそうだったり堅かったりすると、なかなかうまく伝わらないんですね。だから、マンガを絡めたらもっとたくさんの人に知ってもらえるんじゃないか。そういうきっかけですよね。

――受賞作のマンガを読むと、自分と重ねるところがすごく多かったです。親の認知症もそうですし。

山本 中高年になってくると体のいろんなところに問題が出てきて、病院に通う機会が増える。それは当然なんですけど、お父さんお母さんが病気にかかるとか、介護を受けるとか、そういった機会を考えると若い人でも医療について知っておく必要がある。どの年代でも、医療ってずっと大事であり続けるんですね。「重ねる部分がある」って思ってくれる人がもし多かったとしたら、もう大成功でしょうね。

――イベント中に「医療は炎上しやすい」という印象的な言葉が出てきました。医療マンガ大賞も、この炎上しやすいという問題と背中合わせの部分があるのでしょうか?

山本 SNSに炎上はつきもので、どんな話題でも油断すると炎上するんですが、特に医療は人の命と直接関わるのでセンシティブになりやすい。あと、医学的には正解である選択肢が、それぞれの人の背景を踏まえたうえでは、必ずしも正解かどうかわからないというのがすごく難しいんです。

私は普段、がんの患者さんを見ることが多いのですが、例えば、このがんに対してはこの抗がん剤が医学的にはベストだし、一番長く生きられる可能性が高い。だから、医療側としてはそれを提案する。だけれど、それを選択するかどうかは患者さん、ないしはご家族が決めることです。

抗がん剤を使って副作用で苦しむぐらいだったら、何も治療せずに人生楽しむほうがいい。これも1つの選択肢。だから、医学にとっては正解かもしれないけれど、それぞれにとっての正解って全然違うので。つまり、医療従事者の「こういうことをするといいですよ」っていう啓発が、他の人にとっては押し付けがましかったり、本人にとっては正解じゃなかったりするんです。だから、反論・反感を買いやすいこともあります。

――その人の生き方の正解とは限らないということですね。

山本 そうなんです。結局、生き方ってそれぞれが決めることですからね。

――あともう1つ、思ったことがあります。情報を広げることに尽力されていらっしゃいますが、もう一方で「怖くて本当のことを知りたくない」という思いをお持ちの方もいます。知りたくないから人間ドッグに行きたくない、みたいな。そういう方々については、どうお考えですか?

山本 難しいですよね。知りたくないという人は確かにいて、その気持ちは尊重するんですが、結局、最終的にその人にとって人生が豊かかどうか。医療って、その方の人生を豊かにするために存在しているので、知らずにいることがその人にとって一生ベストだったらいいですよ。

でも、“知りたくないんだ”と知ることをずっと拒否していた結果として、最後に、知らなかったがゆえに後悔することがあるかもしれないじゃないですか? その人にとってのゴール地点で本当に後悔しないんだったら、知らないことは別に許容されると思うんです。だけど、必ずしもそうじゃないことが多いんです。

――本人の人生を俯瞰して見たら、知ってたほうがやっぱり良かった……というケースが多いと、山本先生はお感じになられているわけですね。

山本 僕はそう思います。やっぱり、知ってることによってできることは増えるわけじゃないですか。知らずにいるとしても、最後まで知らないまま一生を終えることはたぶんできない。自分が危機的な状況に陥って、何かの苦痛と直面したとき、やっぱり知らないといけなくなるんですよ。だから「必ずそういうときは来るんですよ」と伝えないといけないのかな……というのは、医療者として思います。

ただ、おっしゃる通りで「広く伝えたい!」という思いが、押しつけがましくならないかどうかは、いつも自問しています。医療者が「伝えたいんだ」と熱い思いだけで突っ走っても、知りたくない人にとってはノイズになり、分断を広げることにもなりかねない。だから、常に自問自答するのは大事だと思います。

――そういう意味でマンガというツールは押しつけがましくならず、真実を伝えてくれるという役割も担い、非常に有用だと思います。

『コウノドリ』はマンガの力を実感する最重要作

――イベント内で、こしの先生が「審査会の風景を見せたい」とおっしゃっていました。マンガのプロと医療従事者の意見のせめぎ合いに、とてつもなく興味があります(笑)。

山本 そうなんですよ、白熱するんですよね。ああいうのを、もっとオープンに見せたら面白いかなぁと思ったりはしてます。

――当然、山本先生は医療従事者側の視点として評価をしたい側だと思います。マンガのプロと医療従事者のあいだで、審査中に譲ったり譲らなかったりの展開があると思うのですが、山本先生にとって「これは譲れない」という点があれば教えてください。

山本 譲れない点はやっぱり、“医学的に誤りがないかどうか”です。ここは譲ったらダメですよね。「医学的にこれはちょっと語弊がある」「もし、これを誤解したら健康被害を被るんじゃないか」という受け取られ方をされかねない発信については、もちろん譲れないです。まあ、そこまで医学的に誤ったものが投稿されることは滅多にないので、そんなにいつも「ここは譲れん!」と言ってるわけじゃないですけど(笑)。

医療者としては啓発をメインに押し出したいんだけど、マンガのプロの方からは「マンガとして、よくできているかどうか」という意見を聞きます。「自分はすごく啓発という形に固執してたな」と、そこで気づかされるわけです。自分が「伝えたい!」って思いだけでやっても、結局、伝わらなかったら意味がない。面白いかどうか、読んでもらえるかどうかという視点で彼らは見てるから、そこで折衷で選んでいくことが重要だと、毎回痛感しています。

――審査するなかで気づく点があるわけですね。

山本 そういう意見を聞いて、僕も「そっか。じゃあ、こっちのほうがいいかな」と、自分の意見を変えることが多いので。

――イベントで、山本先生は「本とマンガが好き」っておっしゃっていました。マンガで医療を広げるという趣旨の根源になるような作品が、山本先生の中にはあるのでしょうか?

▲『コウノドリ』と『ブラックジャックによろしく』から、マンガの持つ力を実感したそう

山本 『コウノドリ』(鈴ノ木ユウ)というマンガがあって。日本産科婦人科学会と厚生労働省とタイアップしてドラマ化もした作品ですね。マンガとしてあれだけ面白いんだけど、医学的に正確で、確かな啓発にもつながる。だからあれ、すごいんですよ。マンガの力を実感する、最も重要な作品だと思います。あとは『ブラックジャックによろしく』(佐藤秀峰)がありますよね。あれも、医療現場の矛盾とか課題感みたいなものを浮き彫りにしてましたから。

――『ブラックジャックによろしく』を読んで、山本先生ご自身が身につまされる瞬間もあったわけですか?

山本 もちろん、エンターテインメントとして誇張というか面白くしてるんですけれど、とはいえ真実の一側面を描いているので。うん、やっぱり「変わらないといけない部分ってあるよね」と、実感させられる部分はあると思います。

(取材:寺西 ジャジューカ)