奇跡のようなタイミングで就職が決まる

その頃の彼の夢は、ヘアメイクと音楽。

「この2つはずっとですね。だから一番は、ミュージシャンのヘアメイクができればって思いです。で、半年くらいお金貯めたタイミングで、お兄ちゃんの友達が東京の小平市に住んでたから、一緒に住もうって」

しかし、上京しても美容師の門は狭かった。

「ホンマに決まらんかったんですよ、出てきたのは23歳とかで、半年くらい就職活動したんですけど、どこも受からなくて。次で決まらなかったら大阪帰ろうと思ってたタイミングで、入りたいお店の15周年パーティーがあったんです。そのお店には普通にお客さんとして通ってたんで」

本当にラッキーやったんです、と谷本は謙遜する。

「そのパーティーで別のサロンの方と仲良くなって、パーティーを抜けて一緒にカラオケ行ったりして、そこで“うちの店、中途採用募集してるよ”って教えてもらったんです。で、次の日に普通にお客として髪切りに行ったんです。

そしたら、その日がたまたま面接だったみたいで、“いま履歴書を出せるなら、面接するよ”って言われて、慌ててお店の裏のロッテリアで履歴書を書いたんです。全身写真が必要だったんですけど、たまたま持ってて。すぐ出したらそこから、一次、二次、三次って面接がトントン拍子で、それで受かりました」

このことについて“自分はラッキーボーイだ”と谷本は言う。けれど、彼が諦めずにいたからじゃないかと感じるのだ。前のめりじゃない人に対して、運命の神様は微笑まない。打席に立たないバッターがホームランを打てないように。

「本当に運が良かったんですけど、そこからがめちゃめちゃ大変でした。23歳で入社して、そこから7年間ずっとアシスタントやったんで。僕は正直、そこまで気にしてなかったんですけど、年齢を言うと“もっと頑張れよ”って。でも、僕の中では、表には出さないけど、ずっと反骨精神みたいなものはあって。音楽が本当に大好きやったから、絶対にこの仕事を音楽につなげるんやと思ってました」

父親の死をきっかけに意識が変化

憧れの職業に就いたものの、自分の思い通りのパフォーマンスができない谷本。そんな彼に転機が訪れる。

「父親が亡くなったんですね。そのときはアシスタント4~5年目とかで、何もできてなかった、野心だけはあったんですけど。もっと本気出して、行動に移さないとって思って。父親からは“絶対に東京で成功しろよ”って、“早く偉くなって髪切ってよ”って言われてたんですけど……亡くなってから、父の会社で発行してる社内報を見つけて、その社内報を読んだんですけど、父がそこに“長女は結婚し、長男は二人も子どもがいます。次男は東京でカリスマを目指して頑張っています”と書いてあって、全然そこまで到達できてないやんって。遅かったかもわからないですけど、ちょっと悔しいな、頑張りたいなって。

その作文の横に、父の若い頃の働いてる写真があって、そこに“情熱と夢を持って働いてた頃の写真です、子どもたちにも情熱と夢を持ってほしいです”って書いてあって、なんかジーンとして、その作文をもらって東京に帰ってきました」

そこから大きく谷本の意識は変化した。

「それまでも別に頑張ってなかったわけじゃないんですけど、もっと変わらなきゃと思って、サロンで勤めながら、有給使ってヘアメイクの方の現場に行かせてもらったりとか、先輩の現場について行ったりしました。もともと、そのサロンがヘアメイクもやっているサロンだったので、意識的に技術や振る舞いを勉強しに行くようになりました」

今はミュージシャンのヘアメイクを多く担当する谷本。意識が変わったと話していたが、彼のキャリアで大きな転機になった出来事について聞いてみた。

「最初は、制作会社で働いている友達からLUCKY TAPESを紹介してもらって。その後、MVの監督とかとも仲良くなって、“現場が現場を生んでいく”みたいな感じですね。あとは、the fin.とか。写真家の小林光大さんと出会えて、いろいろ紹介していただきました」