雑誌や映画のクレジットで見かける「ヘアメイク」という仕事。なんとなく、髪の毛にまつわる仕事、美容師や理容師と一緒くたに考えている人も多いのではないだろうか。検索をかけると、“CM・映画・TVなどの撮影現場に入り、俳優・モデルなどの出演者に対して、髪の毛のスタイリングやメイクを施す”と出てくる。

多くの有名ミュージシャンを担当し、ヘアメイクアーティストとして活動している谷本慧(たにもとさとし)さんに、好きなことを仕事にする秘訣をインタビューした。

▲Fun Work ~好きなことを仕事に~ <ヘアメイク・谷本慧>

バスケをやめてから初めて行った美容室

人なつっこい関西弁と、ヘアメイクらしいキレイな長髪が特徴の谷本。出身と幼少期について聞いた。

「出身は大阪で、もともと丸坊主だったんです。兄の影響でバスケをやってたので、小学校高学年から高2くらいまで。兄はバスケ部のキャプテンで、カッコよかったんですよ。

僕は正直そこまでうまくなかったので、比べられる悔しさはありましたね。兄の影響で洋楽を聞くようになったりもしました。小さい頃から絵はよく描いてました、見るのも好きで。絵は周りから褒められた記憶があります。もともと、内気な性格だったんですけど、部活を始めてからは活発になりました」

兄のほかに、姉もいた谷本。その姉が通っていたのが芸術系の高校だった。

「それまでは、適当に“たこ焼き屋になる!”とか言ってたんですけど(笑)。その高校には、プロダクトデザインとか、グラフィックデザインとか、建築デザインがあって、僕は建築に行きたかったんです」

姉に連れられて、オープンキャンパスにも行き、建築への想いは募っていった。その想いもあってか、別の高校に入ってもバスケは続けていたが、すぐにやめてしまったそう。

「本当は大阪芸大に行きたくて、お金を貯めてたんですけど、バスケやめて伸びてきた髪を切ってもらいに美容室に行ったんですが、めちゃくちゃ感動して。ここまで変わるんや、ここまでこだわるんやって」

その美容室は高校の友人に勧められた店だった。

「“慧、ここ行ってみたら?”って紹介カードを渡されて。そのときに担当してくれた方が熱い方で、僕の頭をジッと見ながら“お客様が帰ってからも、その人のヘアスタイルを考えんねん”って。カッコええな、と心奪われました」

その出会いをきっかけに美容師を目指した谷本、美容学校でどのような勉強をしたのだろうか?

「本当に申し訳ないのですが、全然記憶が無いんです(笑)。だから、技術は実践でどんどん培ってきた感じですね。高校の頃からバイト掛け持ちしてました。美容学校に行ってからは、会場設営とか警備とか。海外のバンドのライブ見たいなっていう不純な目的ですね」

お客様から言われた「辞めないほうがいいよ」

美容学校を卒業しても、思うように就職は決まらなかった。

「僕はその頃から東京へ行きたくて、東京のお店を受けまくったんですが、全部落ちたんです。僕が受けたところは人気店でかなり狭き門、定員4人に対して100人応募とか、そりゃ落ちますよって感じですよね(笑)。結局、さっき僕が美容師を目指すきっかけになった方のお店で働きだしたんです」

ようやく美容師としての第一歩を踏み出した谷本。しかし、その店も1年で辞めてしまう。

「正直、そのときは美容師ってどうなんだろうなと思って辞めたんです。そのお店にはすごく良くしていただいたし、不満はなかったんですが、まだ東京に行きたいって気持ちもあったんで、一回辞めて、上京のためのお金を貯めようと思って」

お店を辞めた谷本は、上京の資金を貯めるためにライブの設営撤去のバイトと、そのほかテレアポのバイトなどの仕事を掛け持ちしていた。

「正直、辞めたらそのままフェードアウトするパターンが多いと思うんですけど、僕が辞めてすぐに電話がかかってきて、そのお店からなんですよ。なんやろ?って思ったら、その店のお客様で“谷本くん、君は絶対に良いもの持ってるから辞めないほうがいいよ”って。

その方、別に僕が担当だったわけでもないんですよ。ただ、僕が辞めたって聞いて、谷本くんと話したいって。これ、今日ここに来るまで忘れてたんです(笑)。なんで美容師を諦めへんかったんやろ?って思い出してたら、これが大きいわって」

この電話がなくても谷本は上京していたかもしれない。ただ、美容師は目指していなかったんじゃないだろうか。

「いや、本当にそうですね。なんで忘れてたんやろ…(笑)。担当ではなかったんですけど、“東京に行きたいんです”みたいな話はしていて、その方も東京で仕事したことがあるみたいで、“世界が広がるから絶対に行ったほうがええ”と言ってくれて。だから、辞めたって聞いて、もう一度釘を刺してくれたのかもしれないですね」