どこかでやめるきっかけを探している
やめた芸人のセカンドキャリアはさまざまだ。作家やマネージャーなどの裏方に回る者もいたし、働いていたバイト先に就職する者もいた。ラーメンが好きだからと修行に出るヤツもいたし、学校の先生になった仲間もいた。
彼は教員免許をとって教師になったが、10年以上もお笑いをやっていただけあって、生徒たちを笑わせて教室を温めてから授業に入るのが上手だったらしい。授業中もちょくちょく小ネタを挟んで笑いを取ろうとするから、「こんな面白い先生がいるんだ!」と生徒から圧倒的な人気を得たらしい。彼のおかげで勉強が好きになる生徒がいたのなら、彼の芸人としての経歴はきっと無駄ではなかったのだろう。
昔は30歳になるまでに売れなかったら芸人をやめる、というルールを自分に課している者もいた。だが、なかなかやめるふんぎりはつかめないのが現実だ。だから賞レースの結果やエントリーの芸歴制限にひっかかったことを機に決断する者も多い。M-1で準決勝までいけなかったらやめる。最後の1年間で結果を残せなかったらやめる……。
多くの芸人がやめるきっかけを探しているが、その決断をした芸人を誰も責めたりなんてできない。なぜなら、やめたいと思ったことがない芸人なんて、きっといないだろうから。
あるとき、やめてしまった仲間の芸人に質問をしたことがある。
「また芸人をやりたいと思ったりしないの?」
彼はこう答えた。
「全く思わないね。だって普通に働いてたほうが気楽だもん」
働くとお金がもらえる。当たり前のことだと思うかもしれないが、頑張っても頑張ってもお金にならないし、笑いさえ取れないことすらあるのが芸人という仕事なのだ。
彼の話を聞いて、俺もサラリーマン時代を思い出した。たしかに、やることさえやっていれば毎月給料がもらえた。安月給だと文句を垂れても、生活はできたし、酒場で酒を飲むこともできた。
その安定が気楽だと思うか、あるいはつまらないと思うか。人それぞれだと思う。芸人はみんな先の見えない不安と戦っている。どこかでやめるきっかけを探しながら、それでも小さな希望を抱いて、俺たちは芸人を続けている。
(構成:キンマサタカ)