読み手のスピードで理解できないとダメ

歌壇からは好意的に見られなかったが、枡野は自身の短歌を貫き続けた。阿波野巧也や工藤吉生など、現在の歌壇で活躍する若い歌人は枡野からの影響を口にしている。若い歌人の登場や、SNSなどで一般層にも親しまれていることから、最近は短歌ブームと言われているが、それを枡野はどう見ているのだろうか。

「それは若い方々の頑張りもあるし、そういう方々を見てると本当にしっかりやってると思います。僕みたいに悪目立ちするような人もいないし、正直なところ“枡野さんきっかけで短歌を始めました”って言えない時期もあったんです。それでも若い歌人の方が、そう言ってくれているのは本当にうれしい。そりゃ作品だけ見てと言っても、単純に短歌だけを評価できないようにしてしまったのは自分自身、自業自得なんですよね」

穂村弘の存在も、枡野にとっては大きいと語る。

「穂村さんは、“枡野に比べると、穂村はまともだ”って相対評価みたいになったから助かった、みたいなことを言ってくれるんです。僕からしたら、本当に面倒くさい、例えば現代歌人協会の理事​とか、そういうこともしっかりやるんですよね。反面教師にしたのかなって思います(笑)」

ブームとなっている現在、短歌を詠む若い人も珍しくない。他者の短歌を見る際に、どういうところに評価基準を置くのかを聞いてみた。

「うーん、たぶん僕は趣味が狭いんですよね。自分が作るうえでの明確な良し悪しの基準がありすぎて、それにハマる短歌もなかなかないし、僕っぽ過ぎてもつまらない。普通の短歌って、一読で意味がわからなくていいとされてるんですけど、僕は頭からおしりまで、読むスピードで理解できなきゃダメだと思ってるんです。なので、おしりのところで意味がピンときて、さらに再読しても面白い、これが理想ですね。

それから、短歌に向いている人として、人生経験が豊富な人の詠む短歌のほうが厚みがあるな、と思うタイプなんです。これは人によって意見が分かれるし、そういう意味で自分は保守的なのかもしれないです。例えば、自殺未遂を描いた短歌を、自殺未遂経験がある人が詠むのと、そうじゃない人が詠むのは違う。やっぱり、経験したことがある人の詠む言葉に重みがあるし、リアリティのある言葉が出てくるんじゃないか、そう信じてます」

錦鯉・渡辺に褒められた短歌をタイトルに

『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』について、このタイミングで出版に至った経緯を聞いた。

「左右社の筒井さんから“出しませんか”と言われて、最初は全然乗り気じゃなくて。最初の打ち合わせは、ここで昼間から日が暮れるまで、僕の愚痴。あとは違う歌人を紹介したり、とにかく作りたくない気持ちでいっぱいだったんです。そしたら、次の打ち合わせでは“こんな感じでどうですか?”って試し刷りを持ってきて、それを見たら感想を言いますよね。で、また次には、それが直ったものを持ってきて……って感じです」

「別に騙されたわけじゃないんですけどね、うまく乗せられたのかもしれないです」と枡野は語るが、今回のやり取りで気づいたこともあるという。

「自分で友達にデザインを頼んで、出版社に持ち込んで、みたいな企画もあったんですが、それは出版されても売れなかったんですよね。今回“自分は絶対に出したくない”って思ってたけど、“絶対に出したい”という人の熱意にほだされて、じゃあどんなのだったら許せるんだろうか、と考えていたんです。

そうしているうちに、デザイナーさんが名久井直子さんに決まったり、新作の短歌を選びきれなかったんで、何人かの歌人の方にアンケートで選んでもらったりとか、そういう作業ひとつひとつ、いろいろな方が並走しながら作っていく感じが新鮮でした。たぶん、自分ひとりだったら、途中でやめてたと思います」

▲全短歌集なんて絶対出したくないと思ってた

収録されている『愛について』という短歌連作は、自分では外したかったという。

「ツラくてツラくて、載せるとしても小さい字で読みにくくしてやろうとか、なんならカットしたかったんですけどね。他の短歌連作と混ぜて衝撃を和らげるとか、いろいろと提案したんですけど、デザイナーさんがズバッと言ってくれる方で、“そんなことしたら逆に目立つから、全部同じ感じで掲載しましょう”って言われて、そっかって。やっぱり、この人と作ったからこうなった、というのが大事なんだと気づきました」

タイトル『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである』も枡野の代表的な短歌であるが、短歌をそのままタイトルにするというのは、彼の短歌集では異色なものに思える。

「アイデアはずっとあったんです。でも、これじゃなく『心から愛を信じていたなんて思いだしても夢のようです』って短歌にしようとしてたんです。そしたら、デザイナーさんに“今の若い人にとっては、恋愛の優先順位が、そんなに高くないと思う”って言われて、ああそっか、と。結果的にこれにしてよかったなって思ってます。芸人活動中、今をときめく錦鯉の渡辺さんに“短歌って馬鹿にしてましたけど、この短歌はすごくいいですね”と言ってもらえたものなんです」