小沢健二への片思いが成就した喜び

帯を小沢健二氏が担当したのもうれしい誤算だった。

「『今夜はブギー・バック』の25周年のとき、小沢さんがカバーを募集していて、そこに僕は短歌で応募したんです。というのも、僕が良いと思った曲で、ヒットしたものってほとんどないんです。そんななかでも、ブギー・バックって唯一と言っていいくらい、好きな曲で有名な曲だから、自分がやりたかったんです。

僕、芸能人の知り合いもほとんどいないんですが、スチャダラパーのBoseさんだけは知り合いと言ってもいい関係なんですけれど、小沢さんとは面識もありませんでした。その僕のブギー・バック短歌が、小沢さんとスチャダラパーによって「今夜は短歌で賞」に選ばれて。その直後、小沢さんがライブに招待してくれたんです。この本を出すタイミングで帯をお願いできたらすごいなって思いはしたんですけど、小沢さんの帯なんてほとんど見たことないんですよ。

ダメ元で聞いてみたら快く引き受けてくださって。送ったものも丁寧に読んでくださって、素晴らしい言葉をくれました。僕のことでもあり、小沢さんのことでもあり、普遍的なことでもある、なんていい文章を書かれるんだ!って感動と、あとこういう片思いが成就したことがほとんどない人生だったんで、うれしくて」

▲小沢さんの帯は本当にうれしかったと喜びを隠せない様子

これまでの人生を振り返ると、常に土壇場だったと語る枡野。そして、それは自分自身が作り出したことで、人生をやり直しても同じことをすると……。しかし、彼の話を聞いていると、そうした土壇場を経験することで新しい発見をし、自分を変えようとしているように思えた。枡野は今、新たな目標に向けて動き出している。

じつは、この春から、爆笑問題の事務所「タイタン」が運営する「タイタンの学校」の芸人コースに通っているんです。芸人活動を10年くらい前にやって、2年でやめちゃったんですが、それが心残りで。というのも、僕はこれから本とかの創作活動はしていくと思うんですが、芸人っていう明らかに向いてないことを、どうにかならないかと必死に考えたのが途中で終わったのが悔しくて。売れる売れないは別として、自分の短歌がうまくネタになるような仕組みを作りたいと思ったんです」

枡野は10年前、芸人を志した瞬間に見た景色があるという。

「花見のシーズンだったんですけど、雨で中止になってしまって。でも、もう向かってたから、とりあえず桜だけ見て帰ろうと思ったら、ちょうど雨が止んだんです。そのとき急に、ちょっと前に見たSMA(ソニー・ミュージックアーティスツ)のお笑いライブを思い出して、唐突に“あ、芸人として短歌をやればいいんじゃないか”って思った瞬間に、桜がキラキラ輝き出したんです。

結局は2年でやめちゃってるし、周りはまたかよって思うかもしれないけど、あの光景を嘘にしたくない。体はどんどん動かなくなっていくし、この本を出す前とかは本当に元気がなかったんです。でも、この本を出したことによって、やってみようって思えた。タイタンを選んだのは……これ嘘でしょって言われるんですけど、M-1を取る前から少し好きだったウエストランドさんが、M-1をきっかけに大好きになって、彼らのYouTube動画を毎日見るようになってしまったからです(笑)

「無理なことでも、やってみたら目標になるんです」。今年55歳になる歌人の目は希望に満ちていた。


プロフィール
 
枡野 浩一 (ますの・こういち)
1968年9月23日、東京うまれ。歌人。大学中退後、広告会社のコピーライター、フリーの雑誌ライター等を経て1997年9月23日、短歌絵本『てのりくじら』『ドレミふぁんくしょんドロップ』を2冊同時発売してデビュー。簡単な現代語だけで読者が感嘆してしまうような表現をめざす「かんたん短歌」を提唱。入門書『かんたん短歌の作り方』からは加藤千恵、佐藤真由美、天野慶らがデビューした。笹井宏之、宇都宮敦、仁尾智らの短歌をちりばめた小説『ショートソング』(佐々木あらら企画執筆協力)は約10万部のヒットとなり、若い世代の短歌ブームを牽引。高校国語教科書に《毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである》他掲載。受賞歴は2011年11月22日、明石家さんまが選ぶ「踊る!ヒット賞!!」および2022年3月19日、小沢健二とスチャダラパーが選ぶ「今夜は短歌で賞」。Twitter:@toiimasunomo、note:枡野浩一 Koichi MASUNO