コロナ禍で人と接する機会が減ってしまったことで、他人との会話や人前に出ることに強い不安を感じてしまう社交不安症は、若い人を中心に多くの人に広がっていると言われています。症状がひどくなると、仕事や学業にも支障が出てしまいます。精神科医の清水栄司氏が、人間関係を円滑にするコミュニケーションの基本を紹介してくれました。

※本記事は、清水栄司:著『ナイーブさんを思考のクセから救う本』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

コミュニケーション練習は傾聴から始めよう

アメリカの臨床心理学者カール・ロジャーズが提唱したカウンセリングは、相談者が自然に成長し、回復していくことを支えるスタイルを重視しました。そのためには、相手の話にただただ耳を傾ける「傾聴」が重要だとしています。傾聴は、コミュニケーションと人間関係づくりに役立つ技術で、一度身に着ければ、一生涯の宝となります。マスターできるよう挑戦してみましょう。

傾聴に加えて「受容」も重要です。相手の考えなどを、ありのままに無条件に受け入れ、肯定的に関心を持って反応します。

「傾聴」「受容」に加えて、感情をともに感じる「共感」も大切です。相手が悲しく話していれば自分も悲しさを感じ、楽しく話していれば楽しさを感じます。相手の話がいい話であれば「それはいいね」と共感を示すといいでしょう。反対に、つらい話ならば「それはつらかったね」と共感を示してください。

傾聴・受容・共感の練習は、家族や親しい友人を相手に始めるといいでしょう。

普段、家族との会話では傾聴などしていないという人も、話を遮ったりしないで、家族の話を傾聴・受容・共感してみましょう。家族という関係があるからこそ、効果もわかりやすいので、家族に対する傾聴の練習は最初にやるにはうってつけです。

傾聴をするのは最初の10分とか15分とかで、そのあとは普通に戻しても構いません。また、話が長く続くように、具体的に広がるようにするには、5W1H(いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どのように)を質問するといいでしょう。

傾聴・受容・共感を心がければ、誰でも「うなずき上手」「聞き上手」になれます。さらに、「うまくうなずかなくていい」「うまく相槌を打てなくていい」と考えることが重要です。うまくやろうとハードルを上げると、不安が高まってギクシャクしてしまいます。

まず心がけるべきことは、相手を否定せず、適度に「そうですよね」と相槌を打って、相手の言葉を引き出していけばいいのです。

それは他人を褒めることにもつながります。他人を褒める習慣が身についていると、会話の中でスムーズに共感しやすくなります。

精神科医は明らかに「事実ではない」と思われる話も、一度は受容するように努めます。統合失調症の方の特徴として妄想がありますが、その人にとってはそれが真実なので、私もまずは否定せずに傾聴に努めます。

▲コミュニケーション練習は傾聴から始めよう イメージ:takeuchi masato / PIXTA

病院で当直していた医師のところに、男性が奥さんと一緒に救急でやってきて「お腹が痛い」と訴えました。診察をした医師が「思い当たることがありますか?」と聞くと、「じつは毎晩、空飛ぶ円盤が自分の家の上に来て放射線を当てるんです。それでお腹が痛いのだと思います」と、その男性が言うのです。

驚いた医師が困って「そうなんですか?」と奥さんに聞くと、奥さんも真顔で「いや、本当に空飛ぶ円盤が毎日来て、困っちゃうんですよねぇ」と答えるのです。

夫婦のどちらかが妄想を持つようになると、それがもうひとりに移ってしまう「二人精神病」という現象です。

こんな明らかに妄想と思うような場合でも、精神科医は話を傾聴して「そうなんですね」という受容、「それは困りますね」という共感から始めるのが基本です。

日本人だからこそ身につけたい「アイメッセージ」

「アイメッセージ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。主語を「You(あなた)」ではなく「I(私)」に変えて話をする技法で、これを使うとコミュニケーションが円滑になり、人間関係でのストレスやトラブルが減ります。ぜひ身につけてもらいたい技術です。

主語を「あなた」から「私」に変えると、それだけで発言内容が批判的に聞こえなくなることがあります。例えば、相手に不満があるときに、主語が「You」と「I」では次のような違いになります。

Youメッセージ「だから、あなたはダメなのです」→Iメッセージ「私はあなたの行動が悲しいです」

どうでしょうか。YouからIに変えると、伝えたい内容は同じでも、ニュアンスが柔らかくなると思いませんか。このように自分の意見を伝えるときの主語を「あなた」にすると強い批判になりやすいのですが、主語を「私」にすると、自分の気持ちや考えを相手に伝えるだけにとどまり、相手を責めていないようになるのです。

同様の例をいくつか挙げてみます。

Youメッセージ「あなたは自分勝手よ」→Iメッセージ「私はもっとかまってもらえるとうれしい」

Youメッセージ「あなたは何度言ったらわかるの?」→Iメッセージ「大事なことだから覚えてくれると(私は)助かるな」

相手に何か伝えたいとき、注文をしたいときには、なるべく「私」という主語を使って話をするのです。こういったYouからIへの変換は、訓練次第で自然にできるようになります。

▲日本人だからこそ身につけたい「アイメッセージ」 イメージ:YAMATO / PIXTA

ただし、すべて「私は」だけで会話をする必要はありません。

「あなたは」も使っていいのですが、「あなたは」を使うときには「あなたはそうおっしゃるんですね」と共感を示すこと。それから「私はこう思います」とつなげていくといいでしょう。

また「私はこう思います」と言っても、相手から「あなたの意見は却下です」と言われて終わってしまうかもしれません。アイメッセージも万能ではありません。うまく伝わらないこともあります。

うまくいかなかった場合は、撤退する勇気も重要です。“まあ、しょうがない”と思って諦めることも必要なときがあります。人間関係はとても複雑ですから、技法は万能ではありません。

相手にも事情がありますから、自分の主張が通らないことだってあります。

就職の面接では、「私は」「私は」とアイメッセージのオンパレードになりますが、不採用になることもあるでしょう。そこでがっかりしていたら、次の面接には行けません。自分はダメな人間だと悲観的にとらえないで、次に挑戦しましょう。