北広島市と札幌市へ取材してわかった“違い”とは?

――この作品を書くうえで苦労した点は、どういった部分でしょうか?

鈴木 先ほど、北広島市と札幌市、どういった立ち位置で書くかを悩んでいたと話しましたが、同じように苦労したのが、僕はスポーツ新聞社でプロ野球の担当記者をやっていたんですけど、自治体の取材って今回が初めてだったんです。

――なるほど。スポーツ記者が自治体を取材することって、あまりないかもしれないですね。

鈴木 はい。自治体がどういう仕組みで、どう意思決定がされているか、今回の取材で知ることができて勉強になりました。順番でいうと、初めに北広島市に取材をしたんですね。北広島市は小さな自治体なので、川村さん(北広島市の誘致担当者)のデスクから十数メートル先には市長の部屋があるんです。川村さんがフロアを突っ切って、市長の部屋をノックしたら、意思決定が成り立つんですよ。それこそ5分もかからない。

対して札幌市は、とんでもない高さのビルが市役所でした。市長の部屋に行くまでに、申請を出して、エレベーターで上がって、秘書の部屋を通って……いろんなプロセスを経ないといけないんです。それに、北広島市の議会は行政側がきちんと説明を尽くせば、比較的意見が割れることが少ないそうですが、札幌市議会はそうはいきません。それを目の当たりにしたときに、意思決定を行うにはかなり難しいと感じました。

――一枚岩になるのが難しいですよね。

鈴木 そうなんですよ。札幌の場合は、さらに地元の新聞社であるとか財界とか、いろんな要素が絡んでくるんです。秋元市長も各方面から「前沢はこういうやつだから、気をつけたほうがいい」みたいな話が入ってきたと言ってましたね。

札幌ドームは役所と財界が建てたものなので、新しく球場を建てるということは、それを捨てろと言ってるようなものですからね。なおさら意思決定のハードルは高くなります。秋元市長には2回ほどお会いしましたが、札幌市に文化を残そうとしている志の高い市長だと思いました。その秋元市長をもってしても、札幌市としての意思決定を一本化させるのは難しい、そう感じたのは正直なところです。

――議会でも市長が熱い答弁されてましたね。

鈴木 はい、あれは議事録が残ってるんです。ホームページにも載っていますよ。札幌市の誘致担当の方に取材したときに「これが一番、象徴しているやり取りだと思います」と議事録を見せていただきました。担当の方は「市長が15分も答弁することは異例。とても感動した」とおっしゃってました。

自分が“いなかった”シーンの風景描写をするために

――人物にフォーカスすると、取材した方で一番印象に残っているのはどなたでしょうか?

鈴木 吉村浩さん(現チーム統括本部長)ですね。こういうプロジェクトを進めるうえでは、「ファーストペンギン」と言われる、前沢さんのような組織にはハマらないけど一人で突っ走ることができる人が必要だと思うんですが、その人を受容する環境があるかっていうのが、さらに大事だと思うんです。なので、前沢さんのやりやすいように環境を整えた、その前の「ファーストペンギン」の人として、吉村さんがいたんじゃないかと思うんですね。

――なるほど、興味深い視点ですね。

鈴木 吉村さんがやってきたことって、ダルビッシュ選手や大谷選手を指名したり、菅野選手を強行指名したり、ドラフト戦略が一番わかりやすいんですが、それ以外にも日本球界の改革みたいなことをやってるんです。吉村さんはファイターズが北海道に移転してから球団に入ったんですが、それから編成面でやってきたことって、ファイターズのポリシー、背骨みたいなものになってると思うんですね。前沢さんは、きっとそれに共感したんだろうなと思うんです。

前沢さんがファイターズに入った直後、吉村さんと一緒にニューヨークへ視察に行ったことがあったんですが、そのときに前沢さんが「吉村さんは球団を辞めないですよね?」と言ったというエピソードがあるんです。前沢さんが事業の分野で改革をしていくうえで、吉村さんにはいてもらわないと困るんだよと。やっている仕事は全く違うんですが、二人のつながりが両輪となって球団を動かしているように見えたんです。そういう意味で、吉村さんが一番印象に残ってますね。

――たしかに、吉村さんには固定観念を壊して切り開いていった印象があります。ファイターズも現状のようなチームになっていなかったかも。

鈴木 そうですよね。前沢さんが一度、球団を飛び出したことがありましたが、戻ってくるときに一番気にしていたのが、吉村さんが賛成しているのかということだったそうです。そういうことから見ても、前沢さんの裏返しに吉村さんがいるという印象ですね。

――『アンビシャス』は人物の描き方も魅力的だなと思ったのですが、風景の描き方も印象的だと感じました。

鈴木 場面場面で物語をつないでいくうえで、風景がベースになると考えてるんです。でも、今回の場合、自分はその時その場にはいなかったから、見たことがない。なので、風景描写は取材対象に主観的事実を思い出してもらうしかないんですよ。じゃあ、どうするかというと、そのときと同じ行動を再現してもらいました。例えば、北広島市の担当者の方とは、夜の札幌駅から北広島駅までの電車に乗りましたね。

――へえー! あの風景描写には、そういった地道なリサーチがあったんですね。

鈴木 「どこに座ってたか?」「何が見えたか?」「どんな会話をしていたか?」ということを、電車に一緒に乗って取材しました。そういうことをすると、ご本人の心に残ってる映像が僕にもわかるんです。皆さんに付き合っていただけて、とてもありがたかったですね。