漫画家の山本さほが、今年4月に最新刊『てつおとよしえ』(新潮社)を上梓した。山本の両親が主人公となった本作は、家族や子どもの“あるある”が描かれ、共感を呼ぶ一冊に仕上がっている。機械オタクでマイペースな父・てつおと、倹約家で心配性な母・よしえ、3人きょうだいの末っ子で心配ばかりかけている「私」。ベストセラー漫画『岡崎に捧ぐ』(小学館)の著者が贈る、クスッと笑える展開が魅力の家族エッセイだ。

ニュースクランチのインタビューでは、エッセイ漫画への向き合い方や“大人”になることの難しさ、マンガやゲームの魅力、エッセイ漫画家に必要なことまで惜しみなく語ってもらった。

▲山本さほ【WANI BOOKS-NewsCrunch-Interview】

本になることで「頭の中が片付く感じがする」

――今回の『てつおとよしえ』は、山本さんのご両親に特化したエッセイ漫画ですね。ご自身でお気に入りの話を教えてください。

山本 気に入っているのは10話の「温泉とサラミ」ですね。背景を描くのとかすごく楽しかったです。私が岩手に住んでいたときの話なんですけど、住宅が密集していて、車で5分ぐらい走ると山の中に入るような田舎で……その感じを表現できたのが楽しかったです。

――たしかに、風景などのカットが多く感じられました。あんなふうに表現できるのは、山本さんの中で特に印象に残っていたからですよね。

山本 そうですね。周りに娯楽が少なかったのもあると思いますが、土日は必ず山奥の温泉に両親に連れて行かれてました(笑)。本当に毎週行っていたので、いろんな思い出があるんですけど、別に両親と盛り上がっていたわけでもなくて……。

温泉って、子どもが楽しめるものではないじゃないですか。だから、そのときのエピソードを書こうと思ったら、こんな描写になった感じです。キッザニアとかに連れてってもらっていたら違ったかもしれません(笑)。でも、すごく覚えているんです。帰りは山道を通るので、真っ暗ですごく寂しい感じだったとか、とても記憶に残っていますね。

――たくさん本を出されていますが、改めて“本になる”というのは、どんな感じなのでしょうか?

山本 本になると頭の中が片付く感じがします。今まで頭にあったことが、全部この一冊に集約されるので。修正するための紙とかメモとかいっぱい散らばっていたものも、本になったら全部捨てられますし(笑)。

――頭の中の一部分を出す感じでしょうか。

山本 不思議なのですが、本当にそんな感じです。自分自身の説明がこれ一つで済むようになるのが、一冊の本になる醍醐味のように思います。 以前に描いた『岡崎に捧ぐ』は、親友の話を交えて私が漫画家になるまでの人生を描いていて。読んでもらえれば、それだけで全部説明できるので、名刺みたいな感じですね。今回の『てつおとよしえ』もそんな感じで、両親のこともこの本で説明できるようになると思います。

――帯のコメントは、テレビプロデューサーの佐久間宣行氏が書かれていますね。

山本 じつはお会いしたことはないんです。以前、佐久間さんが『岡崎に捧ぐ』をSNSで褒めてくださっていて。うれしくてフォローしたらフォローが返ってきたんです。すごくお忙しい方なので、まさかお受けしてくれるとは……めちゃめちゃうれしいです。

自分の両親に面白さを感じてはいなかった

――ご両親の反応はいかがですか。

山本 すごく喜んでいます。先週、母がうちに来たときに20冊くらい持ってきていて(笑)。「ママ友に久しぶりに会いに行くからサインをくれ」って、3冊ぐらい書きました。自分のことが描かれているのに、恥ずかしくないんだな〜と思いましたね。

――ご両親にエピソードを確認することはありましたか?

山本 いっさい確認とってません(笑)。両親は『小説新潮』を買って毎月チェックしていたみたいですけど……描いている最中は見せなかったし、相談もしなかったです。出版後も特に何も言われなかったですね。もしかしたら言いたいことがあるかもしれないですけど(笑)」

――自分の家族を描くのは勇気がいると思うのですが、ご両親を描こうと思ったキッカケがあったんですか?

山本 担当の編集さんから「ご家族のことに興味があるので、よかったら描いてみませんか」っていう話をいただいたのがキッカケです。それまでは自分の両親に漫画にできるような面白さを感じていませんでした。家族のことを改めて考えてみたら、意外と変なところがあるなと思って。思い出したことを話してみたら「ぜひそのままやりましょう」と言っていただいて、実現しました。