2023年6月17日に放送されたテレビ東京の『新美の巨人たち』に、精神科医の和田秀樹がVTRで出演。美術史に大きな影響を与えた巨匠のひとり、アンリ・マティスの“老い”との向き合い方について語った。

市川実日子が見た「色の魔術師」マティスの作品

番組では俳優の市川実日子が、8月20日(日)まで東京都美術館で開催されているアンリ・マティス展に訪れた。マティスの展覧会が日本で行われるのは、じつに20年ぶりとなる。

マティスは「色の魔術師」と呼ばれるほど、強烈な色彩の作品を数多く残した芸術家。マティスの作品が大好きだという市川実日子は、作品を見ながら「筆の元気な勢いと色が楽しいです」と、その魅力について説明した。

東京都美術館学芸員の薮内知子は「マティスには“線を描く”“色を塗る”ということを一体化したいという思いがあって、線には自分の気持ちを乗せられるけど、彼は色にも感情を乗せたかった。だから、筆を使って勢いよく塗ったりしている」と説明。

番組では、強烈な色彩の作品だけではなく、天井から床まで白一色で作られたロザリオ礼拝堂も紹介された。マティスが77歳のときに設計し、完成したのは4年後の81歳だったという。

壁一面にはステンドグラス、シンプルな黒い線のみで絵が描かれた壁画もある。今までの作品と比べると、明らかに色の使い方が違う。

この建築に、老いと向き合い生きていく秘訣があると精神科医の和田秀樹は話す。

「日本人にありがちなパターンなんですが、大学教授になるとか社長になるとか、肩書を求めるから、そこで進化が止まってしまう。“昨日より今日、今日より明日のほうが自分から見て納得できる自分になる”だとか、そういう考え方を目指さないと肩書は65歳くらいで止まってしまう。そのあと20年くらい生きるわけだから、そのときに何を目指すかで全然違ってくると思います」

マティスの設計から生き方の秘訣をも読み解く和田。「マティスという人は、そういう意味ではすごく見本になるような方だと思います」と結んだ。

新しい挑戦をし続けることが心の自由の秘訣

さまざまな名作を残したマティスだが、71歳のときに十二指腸ガンにかかってしまう。

療養を続けていくなかで、容体は良くなっていったが、体力は戻らず絵を描くことも難しくなった。

そんなある日、アトリエで過ごしていたマティスのもとに一人の修道女がやってきて、焼け落ちた礼拝堂の再建についての助言を求める。その修道女は、十二指腸ガンを患ったマティスを看病してくれていた看護師。運命を感じたメティスは、残りの人生を修道院の建設に使うことを決めたのだ。

▲ 写真:Akio Mukunoki / PIXTA

マティスは「この礼拝堂は私の人生をかけた仕事の到達点だ。今も続く探求の果てに私が選んだのではなく、運命によって選ばれたのだ」という言葉を残した。

マティスは体力を振り絞って礼拝堂の建設に力を注ぎ、ベッドから起き上がれないときは、長い竿を使ってまで壁画を描いていった。

このときのマティスについて、和田秀樹は以下のように解説した。

「マティスの生き方ですごいと思うのは、できなくなってきたらできることはなんだろう、と考えて、手が動かなくなった分だけ頭で考えたことを実現していく、できることを伸ばす。「何もかもできなくなるってことはないわけで、“おしゃべりだけはできる”とか“指だけは動く”だとか、いろいろなことができているはずなので、そこを使って何ができるかを一生懸命に考えるということが大事」

ロザリオ礼拝堂にあるステンドグラスは、マティスが筆を使うのが難しくなった頃に始めた切り絵から着想を得ている。マティスは、ガンになってからも、新たな挑戦を続けていたのだ。

マティスのように、今までやってきたこととは違うことをして、前頭葉を活性化させていくことが“心が老いない”ことにつながるのだ。

「例えば、行きつけの店にいつも行ってる人が、ちょっと冒険して前から気になってた店に行ってみる、同じ著者の本ばかり読んでいる人が、ほかの本を読んでみるとかして、予想外という経験を何回もしていくと前頭葉の活性化につながる」と説明。

自著である『心が老いない生き方』で、さまざまな観点から心の自由の秘訣について書いている和田らしいコメント。“老い”と向き合いながら、高齢期の時間を過ごしていたマティスの姿が目に浮かんだ。