税理士をやりながら大学院まで卒業

――税理士の試験は大変だったのでしょうか?

牧口 日商簿記1級のほうが大変でした。税理士は5科目あるんですけど、日商簿記1級の2科目分ぐらいなんですよ。あとは会計事務所での実務経験が2年以上は必要なので、勤めながら勉強して取っていくっていうのが普通のパターンですね。

――会計事務所で働くようになって楽しいなとか思いましたか?

牧口 全然です(笑)。必要だから決算報告書とかを作るんです。お客さんも仕方なく、で作るんです。税務署に出さないといけない、でも自分ではわからないから、会計事務所に頼んでる。感謝される仕事ではないわけです。運転免許証の更新とかと同じですよね。別にやりたくはないけど、やらなきゃいけないからやってるくらいですよ。

――ちなみに、お仕事をされながら大学も行かれてますよね。

牧口 税理士になってからは仕事が徐々に増えていって、それなりに忙しいわけです。それでも、若手青年税理士が集まって、勉強会とかいろいろやってたんですね。東京から偉い先生が来たりして、その先生が「ここにいるみんなは商業高校を出て、簿記とか会計とか税金とか、一生懸命に勉強してきただろうけど、世の中はそんなもんじゃない」って言うんです。

――なるほど。

牧口 その先生は「税法も法律や」と。税法っていうのは一番端っこなんです。税法の上に、相続だったら民法が基本にある。会社だったら、会社法が一番にある。その大元にあるのが憲法。みんな民法も憲法も商法も勉強したことない。そもそも試験にその科目すらないんです。だけど、お客さんは「税理士だから知ってるだろう」ぐらいの気持ちで頼んでくる。

――自分の勉強した分野しかわからないですよね。

牧口 そうそう。「町の法律家」って名乗るぐらいなんだから、ちゃんと法律のことを勉強しないと本当のことはわからんぞ、ということを言われました。でも、実務でそれなりに忙しいから、なかなか勉強ができない。それでも本格的に勉強するためには、大学で会社法や民法の単位を取ったほうがいいと思ったんです。

そこで行けるとしたら通信の大学。一番レベルの高い慶應通信を目指したんですが、高卒なので4年間レポートを出して、OKがもらえると初めて科目試験が受けられて、単位が取れるというのをやっていきました。

――通常の仕事をやりつつですよね。

牧口 やりつつですよ。そうしないと“暇なときに勉強しよう”と思っても、やらない自分を知ってるんで(笑)。英語だとか体育もある。どえらい大回りだけど、結局はそれが近道になるだろうと思って、一生懸命やったんですよ。そうしていたら、ちょうど会社法の改正があって。商法だったのが、会社法に変わるということになってきて、勉強はやっぱり必要だなと思ったんです。で、今度は大学院に行こうと思いついて。

――大学院にまで行こうと思ったんですか。

牧口 例えば、名刺交換で「税理士です」と言ったところで、「うん、それで?」っていう話なんですよ。税理士はいくらでもいるし、大卒の税理士だって当たり前だし、じゃあ大学院は行かなあかんなと思って。今度は名古屋大学の社会人枠の募集があったもんだから、それに行こうと思って。これもまたすごく厳しかったですけども、結果的に入ってよかったです。

税理士としてお客さんの用心棒になりたい

――税理士として何か心がけていることはありますか?

牧口 やっぱり、お客さんの用心棒になることでしょうね。お客さんは税務署に対して弱いわけですよ。決算申告のときに変な数字を出せば、税務署に目をつけられる。だから、税務調査のときの用心棒になれたらと思ってます。

――牧口さんはこれまで多くの本を出されていますが、そこのモチベーションっていうのはなんでしょうか。

牧口 別にそんなことやらなくてもいいわけですよね。けど、僕は働かないと食べていけないところから始まってるから。お客さんを増やす方法っていろいろあるけど、自分は営業ができるほうじゃない、自分に向いているやり方を探さないかということで、そのひとつが講演だったんです。

でも、講演をしてお客さんが増えることもあるけれども、なんかちょっと違うなとも思っていて。で、税法って毎年変わっていて、どんどん難しくなっていくんですよ。勉強しても、お客さんの数があれば収入になるけれど、自分にはその知識を使えるお客さんがいないわけ。どうしたらいいのかを考えたら、この知識を税理士向けの本にしようと思ったんです。

――同業者に知識を売る、ということですね。

牧口 はい。自分自身がわからないことを本にしようと思って書いたら、みんながわかっていなかったということがわかった(笑)。

――『日本一シンプルな相続対策』は一般向けですよね。書こうと思ったキッカケはあったんですか?

牧口 これは、お客さんが認知症になって成年後見人をつけたら、えらい目に遭ってるという話を聞いたからです。似たような事例が全国で起きているかもと思って調べてみると、いっぱい起こっていて、大変なことになっていたんです。けれど、税理士は相続が起きたあとのことしか考えないし、10年以上前からみんなが悩んでいるのに放りっぱなしになっていた。

法律改正も何年先になるかわからない、そのあいだも現場が苦しんでるんだから、最低限のことはやっとかんとえらいことになる。これは本を書いている途中に気がついたんですけど、その最低限をやっておくと、相続がむちゃくちゃ楽になるんです。

さらに一般の人がこういう本を読もうと思ったときに、分厚い本を読みたいとは思わないですよね。手続きだから仕方なくやるのに、分厚い本をわざわざ読むわけがない。なるべく薄く、こんな簡単にできちゃうよ、という観点で書きました。

――牧口さんはエネルギーがある方だと思うんですが、今後やってみたいことや野望などはありますか?

牧口 野望は全国講演ですね。美味しいものを食べて、ホテルに泊まるのが楽しみだから(笑)。仕事が趣味なんです。仕事をすることで認知症対策になるもんだから、ちょうどよかった。いつまでも仕事ができるし。ボケないし(笑)。


プロフィール
 
牧口 晴一(まきぐち・せいいち)
昭和28年生まれ。税理士・行政書士・法務大臣認証事業承継ADR調停補佐人。慶應義塾大学法学部卒、名古屋大学大学院 法学研究科(会社法)修了。税理士試験5科目合格。昭和61年開業。2015年『税務弘報』9月号で「トップランナースペシャリスト9」に選出。税理士等の専門家向けに『牧口大学』、『丸の内相続大学校』などの講演をするほか、一般向けには「相続博士・事業承継博士」としてパフォーマンス豊かに、分かり易く、時には落語調に「楽しく」聞かせる第一人者として活動する。また地域ボランティア活動の一環としてNHK文化センターで相続・会計・事業承継の講座を10年余り担当している。主な著書に『非公開株式譲渡の法務・税務(第7版)』『事業承継に活かす納税猶予・免除の実務(第3版)』、『組織再編・資本等取引をめぐる税務の基礎(第4版)』、<以上、中央経済社>、『図解&イラスト 中小企業の事業承継(第14版)』<清文社>等多数。