「劇場番長」として日本各地の劇場に立つ一方、メディアでは「あたりまえ体操」などキャッチ―なネタでおなじみのお笑いコンビ・COWCOW。今年、結成30年を迎え、ますますその勢いを増している。

その30周年を記念した全国ツアー『COWCOW 30th LIVE』が10月8日、名古屋・今池ガスホールを皮切りにスタートする。そんなCOWCOWの二人にツアーの意気込み、30年におよぶコンビ活動で印象的だった出来事などをニュースクランチがインタビューした。

▲COWCOW(多田健二、善し)【WANI BOOKS-NewsCrunch-Interview】

今年のツアーはいつもより漫才が多め

――COWCOWさんは毎年ツアーをやられてまして、今回は30周年という節目のツアーになるわけですが、気持ちの違いってありますか?

多田健二(以下、​多田) 今思うのは“30年経っても変わってないな”ってことですね。なので、そういう気持ちでいこうかなって。もちろん、新ネタをやるんですけど、基本は変わってないといいますか。それと、例年はコントを多めにやってたんですけど、今回は漫才を多めにやろうと思ってます。プラス、今までやってきたあんなネタやこんなネタをもう一度やってみようかなと考えてます。

――漫才を多めにしようと思われたのはなぜですか?

多田 それは今年の『THE SECOND』の結果を受けてですね。

――私は配信で見させていただきました。「COWCOWさんが賞レースに出てる!」っていうことに胸が熱くなりました。

多田 いやぁ、うれしいですね。例年コントが多めなのは、漫才に力を入れてなかったわけではなくて、いろんな設定を出すなかで“コントのほうが伝わりやすそう”という設定が多かったから、というだけなんです。ただ今年に関しては、コントのほうがよさそうっていうのは一旦置いといて、全部漫才でできるような設定を中心に考えています。おそらく来年もTHE SECONDがあると思うので、そのためにも漫才を多くやっていこうと思ってます。

――善しさんはツアーをどのように捉えてますか?

善し ツアーをやらなければ、この先も何もないと思って取り組んでます。これがなくなったら活動休止に近いですね。僕らは劇場の出番も多いですし、たまにテレビでネタをやる機会をいただけるとなれば、いろんなネタをストックしてレパートリーを増やしておかないといけないですから。ツアーを毎年やって、1本でも2本でもネタのストックを作る、というのをずっと続けてきたので、これをやらないということはないですね。

――劇場の出番も多くて、トリも取られることのあるキャリアなのに毎年単独ライブツアーをやって、新ネタを作り続けてる。COWCOWさんはかっこいいなと思います。

多田 ありがとうございます。寄席に出してもらっている限りは単独ライブでネタ作りをしないと。寄席に来てくれるお客さんにも、いいものを見せれないという気持ちがありますね。これが原点というか、これをやってるから寄席とかテレビのネタ番組にも、自分たちの納得いくものが出せるのかなという感じです。

――お二人のそういった姿勢も、THE SECONDで16組まで残れた要因なのかなと思います。

多田 THE SECONDも急にやるって告知されましたよね。普段からネタ作りをしてないと対応できないと思いますし。

▲劇場番長としての自負はあったという二人

『THE SECOND』には出たくなかった!?

――THE SECONDの開催が発表されたとき、お二人とも「出よう」って気持ちは一緒だったんですか?

多田 いや、これがね……全く真逆で。

――えっ、そうなんですか?

善し 僕はネットのニュースで知ったんですよ。その記事を見たときに“来たか”と思いましたね。用意してたわけではないんですけど、心の片隅には“こういうことってあるんじゃないか”と思ってたんですよね。で、見た瞬間に「出るしかないやん」って気持ちがすごい湧きあがったんですよ。

多田 (笑)。

善し ちょうど正月休みだったんですけど、相方には「出よう」って言わなかったんです。でも、奥さんと作家には「めっちゃうれしい、俺も出る」って宣言してたんです。それで、“相方はどう思ってるかな?”っていうのは聞かずに、やんわり過ごしてたんです(笑)。

多田 お互い警戒しあうっていう。

善し 実際、舞台上でもそういう話が出たりとかしたんですけど、そこでもまだ出るか出ないかは決定せずに進んでたんです。それで、エントリーの締め切りが近づいてきたので「どうする?」って話になったんです。

多田 最初、僕は出たくなかったんですよ。“そんなん知らんやん!”みたいな(笑)。

――たしかに、いきなり言われても……とは思いますよね。

多田 そうなんですよ。僕たちは『M-1』も決勝に行けなかった。でも、行けないなりにも今まで試行錯誤してやってきたという自負があったので、言い方は悪いですけど、またここで漫才の賞レースを勝手に作られて(笑)。“なんでそれに翻弄されなあかんねん”くらいに思ってたんです。

だけど、沼津の劇場に行ったときに、後輩の好井まさおに「COWCOWさん、THE SECOND出ますよね?」って聞かれて。僕は「考えてない」って答えたんです。そしたら「はあ? なに言ってはるんですか! COWCOWさんは当然出るでしょ」って。好井は僕らと同じ高校の後輩でもあるんですよ。近しい関係なのもあって言ってくれたんだと思うんです。

僕としては、そこで初めて“THE SECOND出ないとあかんの?”って意識し始めました。で、そのあとのタクシーで僕から「THE SECONDどうする?」って話をしたんです。そしたら相方が「時間もないしな」って。「1回目はスルーして来年出るっていうのもアリよな」って話になって。そこで僕は「せやんな~」って。

――(笑)。

多田 すごいホッとしましたね。僕も時間がないとは思ってましたし、出るならちゃんと準備をして出たいタイプなので。とりあえずその日はそれで終わったんです。でも、エントリーの締め切りが近づいてくるにつれて、“やっぱり出たほうがいいかな”って思うようになってきて。

でも、どうしても踏み切れなかったんです。で、確か1月末が締め切りだったんですけど、2月の頭に祇園花月で単独ライブがあったんです。THE SECONDで優勝するには、3本漫才しないといけないじゃないですか。なので、その単独ライブで3本漫才やって、何か見えたら出てもいいという気持ちでした。

それで、祇園花月での単独ライブで“これやったら決勝に行っても戦えるかな”と思えたので、2月の上旬に最終決定をしました。だから、出場を決めたのは僕らが一番遅かったと思います。

――最終的に二人の気持ちがまとまって出ることになったと。

善し そうですね。それは最初から言ってました。どっちかが「出ない」と決めたら、もう出ないと。