熊の驚くべきパワーに圧倒される
―― 後藤さんが飼育員になられたキッカケや経緯を教えていただけますか?
後藤 幼い頃から生き物が好きでした。動物園にいるような動物だけでなく、昆虫や魚、さらには恐竜など、本当にありとあらゆる生き物に興味を持っていました。生き物に関わる仕事を選ぶ選択肢はいくつかありましたが、僕が学生の頃に旭山動物園やよこはま動物園ズーラシアなどで「環境エンリッチメント」という取り組みが注目され始めました。
「環境エンリッチメント」とは、飼育環境を整えて動物たちの行動を豊かにして、彼らの幸福度を上げるというものです。こうした取り組みが動物園で活発になってきたのを見て、飼育員という仕事に魅力を感じて目指すことに決めました。それで専門学校に進学して、そこで2年間、動物園の飼育員になるための勉強と技術を学びました。
―― 具体的にどのようなことを学んだのでしょうか。
後藤 動物の基礎的なこと、生態学・栄養学・看護学などを学びました。2年間のうち半分は実習で、実際の動物園で経験を積みました。
―― 実習中、印象に残ったエピソードなどがあれば教えてください。
後藤 専門学校では肉食動物を専攻していました。具体的には、ライオン・虎・熊などですね。実習のとき、熊の驚異的な力を目の当たりにした経験があります。熊が掃除道具のコンテナを軽々と引っ張ったので、慌てて取り返そうとしましたが、自分の力だけでは無理だと感じて、すぐに諦めました。熊からすると軽く引っ掛けただけだと思いますが、重たいコンテナがずるずると引きずられていくのを見て、改めて動物が持つ力のすごさを実感しました。
―― 「環境エンリッチメント」という言葉がありましたが、現代における動物園の意義についてどのように考えていますか?
後藤 「環境エンリッチメント」はとても重要なテーマで、とくにコロナ禍を経験して、その重要性をより深く感じるようになりました。私たちも日々勉強していますが、SNSなどでは動物園の存在自体に疑問を持つ声も見かけます。それを見ると心が痛むこともありますが、私たちは自分たちの取り組みを信じています。ただもっと学ぶことで、自信を深める必要があると感じています。
―― 今回出版する書籍でも「動物園の意義について」触れられていますね。最近はYouTubeなどで動物の動画を見ることができますが、動物園は子どもたちにとっても特別な場所ですよね。
後藤 たしかに、最近はYouTubeなどで世界中の珍しい動物の動画をすぐに見ることができます。しかし、動物を生で目の前で見る経験、その匂いや鳴き声など、五感で感じる体験の価値はとても大きいと考えています。その部分は絶対に失いたくないと思っていますね。
―― コロナが流行する前には多くの方が動物園に来ていたと思いますが、最近はどうでしょうか。
後藤 はい、だいぶ戻ってきています。とくに9月は遠足のシーズンです。今日も多くの小さなお子さまたちが来てくれました。幼稚園や保育園の親子遠足も多く、親子でどんな動物を見て、どんな会話をしているのか、とても参考になります。子どもたちが笑顔を見せて、動物たちも元気になると、僕も力が湧いてきます。
―― やりがいを感じる瞬間やエピソードがあれば教えてください。
後藤 SNSで話題になったこともあって、お客様からお手紙をいただくことがよくあります。小さなお子さまたちの字で私の名前が記載されたお手紙、手作りのバッジをもらったときはとてもうれしかったですね。そのなかには「将来、飼育員になりたい」という声もあります。そういった子どもたちの目標として私が役立てることが、とてもやりがいを感じる瞬間です。
コアラによってユーカリの好みがある!?
―― 動物園の裏側のエピソードとして、意外と知られていないことはありますか?
後藤 そうですね。清掃や餌の準備がメインの仕事とは言いましたが、大学との共同研究も行っています。動物園の大きな役割として、飼育の日報から得られるデータを蓄積し、野生の動物たちの保護に役立つデータとして取り扱われることもあります。ウチではコアラに関する研究が多いです。大学側が調査できないことを私たちがサポートすることで、互いにメリットがある関係を築いています。
年によって変わりますが、ウチは小さいので多いときでも受け入れられるのは、同時に2校ぐらいまでです。研究内容によっては、学生さんが1か月近く宿泊しながらデータを取ることもあります。
―― 大学との共同研究を通じて、何か新しい発見、たとえばコアラに関する「あ、そうだったんだ」というようなことはありますか?
後藤 そうですね。現在進行中の研究があって、結果はまだ出ていないのですが、ユーカリの成分比較について調査しています。ユーカリには多くの種類が存在します。個体や季節、体調によって、コアラが好むユーカリが変わるので、その好みと栄養価がどのように関係しているのかを調べています。この研究結果が出たら、とても面白いと思っています。
―― ユーカリにも多くの種類があるということは知りませんでした。
後藤 前日に好んで食べていたユーカリを、翌日は全く食べないこともあります。その好みが栄養や環境とどう関係しているか知りたいですね。
―― コロナの影響で休業されていた期間、動物たちの様子はどうでしたか?
後藤 そうですね。休業していた時期も、当然ですが動物の世話は続けなければいけません。しかし、お客さんが来ない日々が続くと、今までとは違う静かな環境に動物たちも違和感を覚え始めました。日々の行動にも変化が見られ、一部の動物は調子を崩しました。そのためラジオを流したり、私たち従業員が普段の日常を演出するように心掛けました。
―― 動物たちにとって、人間(お客さん)の存在はストレスになると思っていました。
後藤 一般的にはそう思われがちですが、実際にはお客さんがいない状態が続くと、動物たちも違和感を持つようです。現在はコロナも落ち着いてお客さんが戻ってきたので、動物たちも元気を取り戻していますよ。