甲府のバンディエラが試合を決める
そして時は流れて2022年。久しぶりに甲府の試合を生で観戦することになったのは、天皇杯決勝のサンフレッチェ広島vsヴァンフォーレ甲府。
時が流れすぎて甲府はJ2にいるし、僕はサンフレッチェの佐々木翔選手のモノマネをする芸人になっていました。
試合前のセレモニーでは和太鼓と合戦のような旗、和の演出で盛り上げます。毛利元就の三本の矢がチーム名の由来となっているサンフレッチェ(フレッチェは矢の意)。ゴール裏に武田信玄の風林火山の大旗を掲げ、甲斐国の誇りをアピールする甲府の両チームにふさわしい演出です。
僕はというと、広島の19番のユニフォームを着て、二階席から1人で「さあいこーぜどこまでも~!」とかニコニコと口ずさんでいます。
先制したのは、あの頃と変わらず格上相手に大卒の若手中心のチーム構成で奮闘する甲府。
デザインされたトリックセットプレーからゴール。格上と戦うときは裏をかく。格下の兵法の定石通りに仕留めます。下剋上なるか。
一方、広島のスタメンにはキャプテンの佐々木選手だけでなく、出場機会に恵まれない時期に甲府にレンタル移籍して復調した野津田岳人選手や、山梨県の韮崎高校出身で甲府でプロデビューした柏好文選手など、甲府から巣立って、大きく成長した選手たちがいます。
そのなかでの同点ゴールは生え抜きは生え抜きでも、広島の生え抜き、川村拓夢選手。プロデビューからレンタル移籍を繰り返し、ついに広島で覚醒した選手です。
延長戦に入ると、構図は攻め込む広島に5-4-1でブロックを作ってしのぐ甲府。大翔がいた頃に見ていたJ1に食らいつく小さな地方クラブの戦い方です。
再確認ですが、僕は広島を応援しています。
しかし、延長後半、ピッチサイドで1人の甲府の選手がユニフォームを着てスタンバイしているのをみたその瞬間だけは、心を動かされました。
「オミさんだ……!!」(この数年で、すがやは山本英臣選手をオミさんと呼ぶようになっている)
すがやが知ったときにはすでに34歳だったオミさんは、42歳の大ベテランになっていました。
甲府に来て20年。先ほど名前を挙げた選手をはじめ、多くの人たちの入団から巣立つまでの全てを甲府で見てきたバンディエラです。
そんなオミさんがピッチに入った数分後。広島の満田誠選手のシュートが、ペナルティエリアのなかでオミさんの手に直撃。審判は迷わずPKスポットを指します。
抗議しようにも無理だと理解しているオミさん。画面には一瞬「VAR……」とジェスチャーしかけて、「当たっているもんな……」と観念する姿が映っていました。
バンディエラと呼ばれる選手は他にも何人か存在します。中村憲剛選手や小笠原満男選手など。
ですが、J1で首位を争うクラブのバンディエラと、甲府のような小さな規模のクラブのバンディエラでは、少し意味合いが異なると思うんです。
代表入りのチャンスも少ない。サッカー番組ですら取り上げられる機会の少ない、若手はどんどん巣立っていくなかで、もしかしたら自分にも規模の大きいクラブからオファーもあったかもしれません。
それでも甲府で20年闘い続けて、42歳でやっと辿り着いた日本一へのチャンス。現実的に考えて、おそらく最初で最後のチャンスでしょう。
僕は思わず声が出てしまいました。
「止めろ……!」
オミさんにやっと来たチャンスがこんな形で終わってほしくない。
そう願った次の瞬間、甲府のGK河田晃兵選手が満田選手のPKをかき出したのです。
彼もまたチームの数少ないベテラン。一度は甲府からガンバにステップアップして再び甲府に戻ってきた選手でした。
オミさんが長年守ってきた甲府を、そのオミさんごと救うビッグセーブでした。
オミさんきっかけでのPKは阻止したので、僕は再びフラットな、中立の立場に戻ったのでした。いや、広島を応援していたんだから戻り切ってないよ。
そして120分を耐え抜いた甲府は、PK戦に持ち込みます。
甲府はオミさん含めて全員がPK成功。しかも、広島が1人外した状況のなか、5人目で勝利を決めるPKを蹴ったのがオミさんでした。
広島も先ほどPKを外している満田選手が、5人目のプレッシャーがかかるなかで決めるなど素晴らしい戦いを見せますが、最後は甲府が勝利してアジアへの切符を手にしたのです。
〇【ハイライト】第102回天皇杯 ヴァンフォーレ甲府 vs.サンフレッチェ広島 |決勝
と、文字数の関係で今日はここまで。来週は後編、甲府とACLとスタジアムの話。
その数日後、ルヴァンカップの決勝で失点に直結するパスミスをしてしまうキャプテンの佐々木翔選手を、アディショナルタイムのツーゴールで広島イレブンが救う「広島、魂のタイトル制覇」も目に焼きつけたのですが、それもまたいつか。