2023年10月7日(土)、ハマスはかつてない規模の軍事的攻撃をイスラエル領土に仕掛けました。なぜハマスはこの日に奇襲を仕掛けたのか? 世界をゆるがす非常事態に元陸将・小川清史氏が、第4次中東戦争に基づき、ハマスによる今回の軍事的攻撃を分析した。

「贖罪の日」を警戒していたイスラエル

イスラエルにはモサドという世界屈指の情報(諜報)組織が存在し、イスラエル軍は建国以来、数々の実戦を踏んできました。しかし、2023年10月7日(土)、ハマスはかつてない規模の軍事的攻撃をイスラエル領土に仕掛けました。イスラエルは当初、防戦に終始し、民間人の大量犠牲を防ぐことができなかったのです。

私は、第4次中東戦争におけるエジプト軍から奇襲攻撃を受けたのと同様の原因が、今回もイスラエル側に存在すると考えています。

第4次中東戦争は、1973年10月6日(土)に始まりました。その日は、イスラエル人にとっては一年間で最も重要な「贖罪の日」です。

10月6日にイスラエルを攻撃する、エジプトのサダト大統領が明確に決意したのは、10月2日。わずか4日前のことでした。イスラエルがすぐにエジプトの奇襲侵攻を察知し行動しても、準備が間に合わないだろうというのが理由です。

そのうえ、ユダヤ教の教えに従って多くのユダヤ人は、ヨム・キプル「贖罪の日」は神への祈りに集中して、祈りと善行、過去の過ちを反省し償いをする期間として過ごします。

今回は、2023年10月7日(土)に奇襲攻撃を受けましたが、この日はヨム・キプルではありません。今年のヨム・キプルは9月25日でした。イスラエルは第4次中東戦争で奇襲されたヨム・キプルの日を警戒していたでしょうが、その日を過ぎ最初の安息日となる土曜日の9月30日も攻撃はありませんでした。

さすがのイスラエル軍も警戒心を緩めることは無かったと思いますが、それでもヨム・キプルとその後の最初の安息日を過ぎると、どこかに“隙”ができたのかもしれません。

次の安息日である土曜日、10月7日に奇襲されました。

私が米陸軍歩兵学校に留学していた頃、隣に住んでいたイスラエル軍少佐に安息日の過ごし方について聞いたところ、「仕事はしてはいけない。例えば、トイレットペーパーを切ることも仕事になるので、金曜日のうちに必要な分を切っておき、それを土曜日に使用する」と一例を教えてくれました。

ユダヤ教の教えに従い、宗教的な生活を徹底するとはそういうことかと非常に印象に残りました。安息日に、軍隊すべてがそのような状態にあるとは思えませんが、他の曜日よりは各軍陣の行動も変わるのではないかと思います。

イスラム教もキリスト教も、旧約聖書(ユダヤ教の経典)が経典となっているので、イスラエルの宗教的な行動はよく理解しているのだと思います。

勝って兜の緒を締めることの重要性

第4次中東戦争の前、第3次中東戦争では、イスラエル軍はわずか6日間でアラブ側に対して大勝利を収めました。2022年5月のハマスとの戦闘でも、多数のミサイルを相当な確率で迎撃しています。いずれも勝利を収めており、これが今回の失敗を生んでしまった可能性はゼロではないと思います。

▲第4次中東戦争で戦況図を囲むエジプト軍首脳 写真:Egyptian Armed Forces / Wikimedia Commons

例えば、史上最強とも呼ばれ、数々の大会で勝ち続けていた日本のバトミントン。東京2020オリンピックでも金メダルの獲得が予想されたのですが、残念ながら期待通りの活躍ができませんでした。

試合後の選手や監督コーチの分析を各種記事で伝え聞いたところでは「日本選手に負けた外国選手は日本選手の特徴を徹底的に研究し、勝つための技術を磨いてきていた。一方、日本選手は負けた相手をそこまで研究しないままオリンピックを迎えてしまった」とのことでした。  

つまり、勝った場合よりも負けた場合のほうが、研究と勝つための努力をより集中してする傾向に人間はあると言えるでしょう。

旧帝国陸軍が日露戦争で勝ったために、勝利の陰に潜む失敗を学びきっていなかったのと同じことです。

第3次中東戦争で大勝利を収めた当時のイスラエル軍が、そのような状態には全くなかったとは言いきれないと思います。そして、2022年5月にハマスに勝利しているイスラエル軍が、前回の勝利に続いて今回も同様の勝利が得られると考えるのも妥当な意識であるとは思います。

しかし今後、我々日本人も教訓として、勝利や成功体験に潜む失敗を次に活かすということが必要ではないでしょうか。

以上、イスラエルがハマスの奇襲攻撃を受けてしまった原因を、第4次中東戦争と比較しつつ述べてみました。あくまで公開情報をベースに分析しております。

▲地図:barks / PIXTA

〇【救国シンクタンク】特番「イスラエルはなぜハマスの侵攻企図を見誤った?地上戦で何が起きる?」小川清史元西部方面総監