多くの人にとって家族同然の存在になっている猫。そんなかけがえのない命を守るため、猫に特化した病院「東京猫医療センター」を創設したのが、現在も院長を務める服部幸氏だ。
その高い専門性から猫に関する講演や本の出版、メディア出演などの依頼も多い。猫の愛好家でもある彼が、好きなことを仕事にするうえで、どのような苦悩や喜びがあるのかをインタビューで聞いた。
猫との“そこそこある”距離感が快適
――服部さんが猫を好きになったキッカケを教えてください。
服部:もともとは、猫というよりも、ネコ科の動物に興味を持っていたんです。授業をサボって、高校の裏にある動物園によく行っていたのですが(笑)。そこにいるライオンやトラなどに、ハンターとしての美しさを感じていました。そして、この動物たちを世の中でしっかり保護できるような仕事に就きたいと思っていました。
――猫だけが好きではなかったんですね。
服部:じつは、父親がキャットショーの審査員をしていたんです。小さな頃からよく見に行っていましたし、家は猫の本であふれていました。でも、父親の仕事の関係もあって、僕が物心ついた頃は家で猫を飼ってはいなかったんですよ。
猫を好きになったのは、一人暮らしを始めた大学生の頃です。ある日、学校前のコンビニで、お母さん猫が子猫を一匹ずつ運んでいるのを見かけました。しかし、お母さん猫がアクシデントにあったのか、最後の一匹だけお迎えがやってきません。しばらく様子を見ても独りぼっちのままだったので、命が危ないと思い保護したんです。
結局、そのまま一緒に暮らすようになりました。それからですね、猫のことが好きになっていったのは。この出会いがなかったら、今の仕事はしていないと思います。
――服部さんが思う猫の魅力を教えてください。
服部:猫は距離感が“そこそこある”ところが快適なんですよね。 もちろん猫にもよりますが、ずっと「自分を見て」って感じの主張ではない。どこかに行ってしまうわけではない、でもここにずっといるわけでもない。半径2メートルぐらいの場所で、なんとなくこっちを見ているような感覚が、自分にはすごく合っています。
あとは、奥さんや子どもが猫と遊んでいる姿を見るのが好きなんですよ。猫という存在がいて、家族がうまく回っているのが快適だなと思っています。
――服部さんが現在飼っている猫について教えてください。
服部:クイーンちゃん、ナイトくんの2匹と一緒に暮らしています。ナイトくんは、水道の蛇口を開けるのが得意なんです。飲むために開けるのはいいんですけど、閉めてくれないんですよね。朝起きたら、水が全開になっているときもあって(笑)。
――(笑)。
服部:光熱費が上がっているのに、帰宅したらお湯がドバドバ出ていたときは、勘弁してほしいなと思いました(笑)。
人間と同じで総合病院も専門病院も必要
――なぜ猫専門の動物病院にしようと思ったのでしょうか?
服部:僕個人として、自分で飼ったことがない動物は診てはいけない、そう思っています。そして、僕は猫しか飼ったことがないので、ほかの動物の治療に携わるべきではないと考えました。
――いろいろな動物を診察する病院より、専門病院が増えたほうがいいのでしょうか?
服部:いえ、決してそんなことはありません。病院はインフラでもあるので、どんな動物でも診察してくれる先生は必要です。総合的に診ることができる医師がいて、症状によって専門的な治療ができる病院があって、その二層の構造が大事なんだと思います。
全部が専門家になったら、病院の選択肢が狭まって、距離の近い所に通えなくなってしまいますよね。僕は、猫専門としての役割を持っているだけです。
―― 東京猫医療センターを開業する前に、アメリカのテキサス州にある猫専門病院で学んだと聞きました。
服部:はい。猫に関する最先端の知識を学びたいと思っていたところ、ほかの先生から全米ナンバーワンの病院だと聞き、挑戦を決めました。やはりアメリカは、動物の医療においても日本より進んでいるんです。その病院では、自分がまだできていない部分や、そもそも知らないことがたくさんあるんだと痛感しましたね。
一番の収穫は、このまま勉強をしていれば、専門家になれると思えたところです。というのも、病院にいる先生たちは、雲の上の存在ではなく、自分の2歩先を行っている人たちだったんですよ。自分の方向性をブレさずにいれば追いつけると実感できたのは、猫の専門家として歩んでいくうえで貴重な経験となりました。
今でも英語の論文などを読んで勉強していますが、AIのおかげで翻訳する労力が減ったので、時間がないなかでも知識を増やすことができるので助かっています。