専門家だからこその喜びと苦悩

――同じ猫専門病院のなかでも、特にこだわっていることはありますか?

服部:もちろん、うちの病院でも治療できない病気はあるんです。医療の高度化が始まっているので、たとえば放射線治療の場合は、ほかの病院に任せなければなりません。それでも、少なくとも病院に来てくれた猫には、診断はつけていくつもりです。専門家として、ここで診るべき病気と、ほかで治療を受けたほうがいい病気、その境界線を引ける病院であり続けたいですね。

――猫に特化しているからこそ大変だったことはありますか?

服部:やはり、専門をかかげているからこその期待の大きさは感じます。それでも、いまの獣医学では治せない病気はどうしてもある。この病院ならなんとかなる、そう期待して来てくれる方に対しては、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまいます。

――専門医であっても治せない病気はあるのが現実なのですね。

服部:人間でも治せない病気がたくさんあるなかで、言葉の喋れない猫のすべてがわかるわけがないんです。アメリカの最先端の情報を文献で日々学んでいても、いまだに初めて目の当たりにする症状もあるぐらい。それでも、治すべく努力を続けていくのが、専門家としての仕事だと思っています。

そして、生き物は絶対に死んでしまいます。それは猫も同じです。そのいつかのときに、どのような別れ方をさせてあげられるのか。猫にとって、家族にとって、何が幸せなのかを考え続けることは、自分の中のテーマの1つです。

――猫を亡くしてしまった飼い主のケアについては、どのように考えていますか?

服部:私たちはカウンセラーではないので、どこまで踏み込んでいいのか……すごく悩みます。でも、少なくともお別れする直前まで、専門家としてやり切る。人間と猫とのお別れについて、私たち獣医が100点の対応を取れることはありません。それでも、30点を80点にはできると思うんです。少しでも飼い主の心のケアにつながる医療ができるよう、ずっと考えを巡らせています。

――猫に特化しているからこそ良かったと思うことはありますか?

服部:365日、猫だけを診ているので、猫のことしか勉強しなくてもいいわけです。ほかの獣医が、いろいろな動物の教科書を読んでいるなかで、猫だけを見ていればいい。勝手なことは言えませんが、猫を診ている数は、日本で一番多いと思っています。なので、多くの診察をするなかでの経験と勘は持っている、そう思っています。

▲飼い主の心のケアにつながる医療について常に考えています

時代によって変わる猫との関わり方

――猫だけに関わっていくなかで、病気・環境・人との関係など変化を感じたことはありますか?

服部:これは一般論ですが、昭和の頃は、犬を病院に連れて行く機会はありましたが、猫の場合は病気になっても病院に連れて行ってもらえない猫が多くいました。平成になって、ようやく病気になったら病院に連れて行く存在になった。そして令和では、病気にならないように病院に連れて行く、そんな時代になっていると思います。あきらかに、人間と猫、動物との距離が近くなっていますよね。

こんなに大切なのに、猫って多くの場合、自分より先に死んでしまうんですよね。だからこそ、宝物なんです。私たちが、その人、家族にとって宝物である猫をどう診ていくのか。生死に関わる病に直面したとき、高度医療を続けていくのが家族や猫にとってどこまで幸せなのか。猫との関わりが変化していくなかで、アプローチの方法を常に考えていく必要があると思っています。

――服部さんは“好きなことを仕事に”することについて、どのように思われますか?

服部:好きなことを仕事にできるかの基準は、苦しいツラいとか思ったとき、乗り越えられるかどうかだと思うんです。たとえば、いくらマラソンが好きでも、走るのは大変じゃないですか。でも、それは好きだからこそ、自分にはこれしかないと思えるからこそ続けられるんですよね。

僕の仕事でいうと、治して感謝されるのは当たり前なんです。お金をいただいて治療をしている以上、当然だと思っています。それでも、どうしても現代の医療では治せないときがある。そんな状況のなかでも「この子の最期を、先生に診てもらってよかった」と言ってもらえることがあります。そのときは、この人のために、この猫のために、最期にいい時間を作ってあげられたのかなって思えるんです。

そして、いつの日か「猫がいない生活が寂しくて、新しい子を飼っちゃった。だから、また先生に診てもらいたい」と言ってもらえる。ツラくても、また明日もがんばっていこうと思える瞬間です。

(取材:川上良樹)


プロフィール
 
服部 幸(はっとり・ゆき)
「東京猫医療センター」(東京都江東区)院長。「ねこ医学会(JSFM)」CFC理事。2005年から猫専門病院長を務める。2012年に東京猫医療センターを開院し、翌年、国際猫医学会(ISFM)からアジアで2件目となる「キャット・フレンドリー・クリニック」のゴールドレベルに認定される。公式サイト:東京猫医療センター