記憶に新しい郵便局での立てこもり事件など、高齢者による犯罪のニュースが流れることも多くなってきました。周りにキレやすい人はいませんか? それは感情をコントロールする“前頭葉”の影響かもしれません。年齢に関わらずキレやすい人はいますが、体だけでなく脳も老化します。自分が暴走老人になることを回避する極意を、老年医学の専門家・和田秀樹氏が教えてくれました。

※本記事は、和田秀樹:著『老人入門 -いまさら聞けない必須知識20講-』(ワニブックスPLUS新書:刊)より一部を抜粋編集したものです。

怒りを溜め込んでいる人は要注意!

コンビニのレジで「遅い!」と店員を怒鳴ったり、レストランや酒場で接客に不満があると「なんだその態度は!」とキレてしまうのが暴走老人ですが、キレやすいのは何も老人だけではありません。

会社勤めをしていた頃にも、キレやすい上司がいました。上には従順でも部下にはすぐ当たり散らす上司もいました。

そういった上司に共通するのは、ふだんから不機嫌で無表情なタイプが多いということです。あまり感情を表に出しません。何を考えているのかわからないだけでなく、表情を読み取りにくいところがありました。休暇届を出すのに、タイミングがなかなか掴めなくて苦心します。

キレやすいタイプには、普段から感情が表に出にくいという共通点がありそうです。感情発散がうまくできなくて、どうしても溜め込んでしまうのです。うれしいときには笑顔を浮かべて、笑うときには大きな声で笑い、腹を立てれば怒鳴り散らしてもすぐに収まるような、喜怒哀楽がはっきりしているタイプは向き合うほうもわかりやすくて安心です。

機嫌よさそうにしていれば「休暇届を出すなら今だ」と判断できます。無表情は困るのです。

▲怒りを溜め込んでいる人は要注意! イメージ:syogo / PIXTA

暴走老人はどうでしょうか? こちらにも、どちらかといえば無表情のイメージがあります。普段からやはり不機嫌です。喜怒哀楽のはっきりしている老人なら、たとえ怒ったとしても一瞬のことで、「まあ、混んでるからしょうがないけど」とレジの係の人に気を遣います。怒りを爆発させてエスカレートさせる暴走までは至らないのです。

感情のコントロールというのは、年齢にかかわらず決して簡単なことではありません。とくに怒りはいちばん強い感情ですから、コントロールも難しいのです。中年世代でも、なかなかうまくいかない人がいるのも当然ですが、その原因の一つに日ごろから感情発散ができていないというのがあります。とくに怒りは溜め込まないほうがいいということです。

前頭葉の機能が低下すると感情の老化が始まる

脳の老化は前頭葉から始まります。

早い人では中年期から前頭葉の萎縮がはっきりとわかります。カッとしやすいタイプの人は、じつは前頭葉の機能低下が原因かもしれません。

前頭葉の機能が低下すると、まず感情の老化が表れます。若い世代ほどよく笑い、よく泣いたりしますが、中年を過ぎる頃からそういった豊かな感情表現が消えてしまい、なんとなくいつもムッツリしていて表情の変化が乏しくなります。

そして、感情の老化は感情コントロールも難しくします。

あらゆる感情のなかで、いちばん強くてコントロールが難しいのは怒りです。喜びや悲しみは「泣いたカラス」と同じですぐに消えますが、怒りはパワフルで、いちど爆発してしまうとなかなか収まりません。

▲前頭葉の機能が低下すると感情の老化が始まる イラスト:Suetsumu sato / PIXTA

少し脳の説明を加えますと、人間の脳は簡単に言えば二重の層になっています。深いところに大脳辺縁系と呼ばれる部分があり、その上を大脳新皮質が包み込んでいます。

感情は、この深い場所にある辺縁系から生まれます。

辺縁系は動物の脳とも呼ばれますが、感情や本能(生存本能、食欲とか性欲)を生み出す脳で、これは動物にも共通します。生きるためには欠かせない脳です。

たとえば、恐怖という感情はどんな動物にもあります。恐怖感が生まれるから、動物は危険を察知すると身を守る行動を取ることができます。しかも素早くです。

人間も同じで、身の危険を感じたとき、とっさに逃げ出します。ここであれこれ考えてしまう(判断したり分析したりする)より、とにかく逃げたほうが命を守れます。

辺縁系を覆っている新皮質は、哺乳類のような高等動物に発達した脳です。もちろん人間の脳はあらゆる動物のなかで、いちばん巨大な新皮質を備えています。新皮質は人間の思考や知的な活動に関わるすべての機能を備えています。話す・読む・書く・計算する・思考する……その他一切の知的な活動です。

新皮質のなかでも、とくに発達しているのが前頭葉ですが、ここはすでに説明しましたように、とりわけ人間らしい脳になってきます。たとえば意欲や意志、想像力や創造性といった分野ですが、簡単にいえば巨大な大脳新皮質をコントロールしている脳ということになります。

オーケストラにたとえれば、新皮質のさまざまな部位に備わった機能が各楽器です。それを統一し、コントロールする指揮者が前頭葉ということになります。

そして前頭葉は、感情コントロールの役割も受け持っています。下部の脳、辺縁系から突きあげてくるさまざまな感情を、理性でコントロールする役割です。

怒りの感情は、それをただ爆発させるだけなら弊害を生み出しますが、怒りそのものは動物にも人間にも必要です。ときに怒りが私たちにパワーを与えてくれることもあるし、現状改革のエネルギーを生み出すこともあるからです。