総務省統計局によると、総人口が減少するなかで、高齢者人口は3627万人と過去最多。総人口に占める割合は29.1%と、こちらも過去最高となっています。65歳以上ともなれば、配偶者や友人が亡くなってしまうこともあるでしょう。歳を重ねて一人になるのが怖いですか? それは年齢呪縛に囚われているだけかもしれません。高齢者専門の精神科医・和田秀樹氏から学んでいく。
※本記事は、和田秀樹:著『心が老いない生き方 -年齢呪縛をふりほどけ!-』(ワニブックスPLUS新書:刊)より一部を抜粋編集したものです。
一人で飄々と生きる老人は大勢いる
都会でも地方でも、一人暮らしの老人は大勢います。「寂しいだろうな」「家族もいないのは可哀そうだな」「何もかも一人でやるんだから大変だろうな」。ついそんな同情の眼で見てしまいがちですが、本人はどんな気持ちだと思いますか?
たとえば地方の古い家に住むおばあちゃんです。夫に先立たれ、子どもたちは遠く離れた都会で暮らしています。孫を連れておばあちゃんのもとに帰ってくるのは年に一度か二度、お盆と年末年始くらいなものです。
寂しくないのか? 寂しくなんかありません。隣近所にも同じ境遇の仲良しがいるからです。毎日のように顔を合わせてお茶を飲んでいます。自分が高齢になってみると、同じような境遇の同世代に今まで感じなかった親しみが自然に生まれてくるのだそうです。終(つい)の友達という感覚です。
一人暮らしは可哀そう? 本人は自分を可哀そうとは思っていません。誰にも気兼ねしないで、朝起きて夜寝るまで、自分のペースでゆったりと暮らせるのです。のびのびと、心底くつろいで暮らしている老人がほとんどです。
一人じゃ大変? 一人暮らしはできることをやるだけです。夫あるいは子どものための家事というのは「なんと世話の焼けたものか!」と、一人になって気がついたそうです。たまに子どもたちが帰ってきて賑やかになると、“早く一人に戻りたい”と思うそうです。
一人でものんびり朗らかに暮らしている高齢者に共通するのは、自分の老いを面白おかしく受け止めているということです。
「ほんとにもう、すぐに忘れてしまうなあ」
「一日はあっという間に終わってしまうけど、そのわりにボーッとしている時間がほとんどだな」
「90歳は卒寿、人生卒業か、なんにも卒業できてないな」
そんな調子でため息つきながらも、日々、飄々と生きている一人暮らし老人が多いのです。
映画館の暗闇で幸せになれる2時間
わたしは映画が好きです。自分でも撮りますし、これからもまだまだ映画作りを続けたい気持ちがあります。それで少し映画の話をさせてもらいます。
地方で暮らす高齢者の方は「映画館のある都会が羨ましい」とよく言います。地方には映画館のない町が増えていますから、あの暗闇の中で大きなスクリーンで映画を見たいと思ってもそれができないのです。
その点、東京のような大都会にはミニシアターも含めて映画館がたくさんあります。大手が配給する映画は、たとえばアニメ映画のように若い世代を中心に観客が押し寄せて大ヒットしますが、じつは高齢者を中心とした古い映画ファンにも十分に見ごたえのあるドキュメンタリー映画のような作品が毎日、どこかの劇場でひっそりと上映されています。
そういう映画を思いつくままに見て歩くのを楽しみにしているのは、おもにシニアのファンのようです。
高齢の映画ファンほど「いまの映画はつまらない」とか「うるさいだけで面白くない」と敬遠しがちですが、大ヒットする作品ばかりがニュースになるのでそう感じるだけで、じつはアートフォーラムのようなミニシアターでは、インディペンデント系のように話題にはならなくても、古い映画ファンを満足させる作品がどこかで上映されています。
ミニシアターですから、座席数も100席足らずの小さな空間です。でもやはり映画館には違いありません。あの暗闇も、迫ってくる大きなスクリーンも音響もそのままです。そこに一人で座り込んで過ごす1時間か2時間は、きっと至福の時間になると思います。
一人で見に来るからこそ一人で没頭できる、映画が好きで良かったと満足します。映画を見終わったら繁華街をぶらぶら歩くのもいいし、余韻に浸りながら静かなバーでお酒を飲むのもいいでしょう。自宅のテレビで映画を見ているだけでは決して味わえない幸福感に包まれます。
「一人で楽しむ老いはいいな」。都会の老いの孤独にも幸せの種はきっと見つかります。むしろ都会でなければ見つからないものがあるはずです。映画館の暗闇もその一つ、寄席の落語や老いた芸人たちの飄々とした芸、一人で出かけるなら場所はいくらでもあるのです。