2023年、日本国内での熊による人身被害が11月までに200件を超えるなど、過去最悪の数字となっている。エサを求めて街中などで行動する「アーバンベア」の存在がクローズアップされるなど、日本列島に生息する熊たちの環境に変化が起きているようだ。
そこでニュースクランチでは、埼玉県加須市で猟銃専門店「有限会社豊和精機製作所」を営み、漫画『クマ撃ちの女』(安島薮太 /新潮社)のアドバイザーでもある佐藤一博氏に、熊被害が増え続けている現状や対策などをインタビューした。
熊の生活環境は決して悪いわけではない
――熊による被害の拡大が続いている原因として、メディアなどでは熊のエサとなるドングリの生育が悪いことが挙げられています。年々、山にあるエサが減ってきているということでしょうか?
佐藤一博(以下、佐藤):実際に正確な調査などを行なったわけではなく、僕が確認した山での話になりますが、ドングリはたくさんありましたよ。僕も拾いたくなるくらい、地面にもいっぱい落ちていました。
――それでは、他の原因としてどんなことが考えられますか?
佐藤:単純に熊が増えているんだと思います。今は人里と山のあいだ、山間部が過疎化しているじゃないですか。皆さんにわかっていただきたいんですけど、野生動物って、なんで多くが山に住んでいるか知っていますか? これ、平らな場所には人がいるからなんですよ。
平らな場所は人が住んでいるから、熊は山に住む。それがちょっと数が多くなって、仲間の縄張りもあるから端っこ(山間部)に行ってみたら、おじいちゃんおばあちゃん(人間)が少しいるくらい。周囲にはおいしそうなものがなっている。撃たれることもないから、柿やトウモロコシなどを食べて味を覚え、それを子どもにも教える。それを経験した熊は、また来ると思うんですよね。熊だって平らなところのほうが行動は楽ですし。
――山間部、いわゆる里山と呼ばれるような場所においしそうなものがある。
佐藤:ある動物研究家の人は「間接餌付け」と呼んでいました。野菜や果実とかを植えていることによって、知らないうちに熊を誘引している。これは熊に限らず、猿などもそうです。食料が豊富にあれば、数は増えますよね。そして、昔より山に入る人は少ない。そういうこともあって、僕は山の環境は昔よりすごく良くなっていると思うんですよ。
現在、メガソーラーの設置なども森林破壊の原因の一つと言われていますが、まだまだ一部じゃないですか。そう考えると、山の環境はすごく良くなっていると思うし、あとは林野庁とか環境省とかも、水源地確保として治山事業に力を入れ、保水できる雑木を植えています。植林事業とかをやっていると、必然的に森は良くなっていると思うんです。そうするとドングリも問題なく実り続ける。
――熊をはじめ、他の野生動物も増えてきているんですか?
佐藤:鹿が増えているということは20年以上前から言われています。鹿が増えたら、それを食べる動物が増えるのも当然のこと。また、イノシシが何年か前に、豚熱(イノシシの熱性伝染病で、強い伝染力と高い致死率が特徴※農林水産省HPより)の影響でガクンと数が減ったんですよね。何かが減ったら、何かが増えるのは当然ですよね。
――鹿などの野生動物も熊のエサとなるわけですね。
佐藤:そうですね。例えば、自動車との接触で事故死したり、そういう死体も多いわけです。熊はスカベンジャー(動物の死骸を食べる動物たちを指す英語)なので、「死体処理係」だったりするんです。そうすれば、ドングリが減ろうが増えようが、熊の数が増える、そうするとこれまでの生息域からはみ出す。ドングリが無くなったから、熊が里へ出てきたという人が多いけど、僕はちょっと違うんじゃないかなと思います。
「ニュータイプのクマ」が増えている
――熊が増える場合、どんなペースでの増え方になるんですか? 例えば母親となる熊は1年でどれだけ子どもを産むのでしょうか?
佐藤:1年に最高でも2頭。冬眠時に穴の中で出産するんですが、1頭の場合が多いです。春になって穴から一緒に出てくるんです。生まれてから1年、最初の冬を越える前くらいまでは親と一緒に活動しているのかな。当然、お母さんは秋には新たなオスと出会います。そのときに、オスにとって子どもは邪魔なので殺されてしまいます。それまでには親離れ、子離れします。
――それほど急激な増え方はしないということですね。
佐藤:ただ、店のお客さんで毎日、山に入っている現役ハンターがいるんですが、その人の話では子離れが遅くなっていると感じているそうなんです。林道に熊がいて獲ろうとしたら、じつはその熊は子どもで、近くに親がいたんです。
体が大きくなっているのに、母親と活動しているんです。母親は子どもがちょっかいを出されたら人間を襲ってきます。親の子離れ、子どもの親離れが遅くなっている、そのようなことを話していました。
――お話を聞いていると、熊が徐々に賢くなったというか、アップデートされてきているというのが、昨今の熊の被害増加につながっているということでしょうか?
佐藤:そうですね。友人とも15年くらい前からそういう話をしていました。「ニュータイプ」と呼んでいて、今までの行動についての傾向から逸脱する、熊やイノシシ、鹿が出始めていると感じています。
最初の話のように、親が子どもを連れて畑の柿を取って食べていれば、その子どもだって同じ行動をしますよね。その場所に行って柿がなかったら、同じような木を探しますよね。そのように、新しい行動パターンをする熊が出てきているように思います。
――北海道にいるのがヒグマ、本州にいるのがツキノワグマですよね。
佐藤:鹿などもそうなんですが、北になると大きくなる傾向にあります。アメリカではグリズリーやブラウンベアというのがヒグマに相当して、クロクマというのがツキノワグマにあたります。九州は絶滅してしまい、熊はいないと言われていますが、四国はまだいるみたいです。
――今年は暖冬と言われていますが、熊の冬眠にも影響はあるのでしょうか?
佐藤:昔は、どんな熊でも12月8日には冬眠すると言われていたんですよ。ところが、最近ではお正月を過ぎても、雪の上に熊の足跡があったりするんですよ。柿はしおれちゃうのですが、ミカンはなったままですよね。あとは農家の作物なども冬にハウスで作っているものもあります。なので、エサがあったら眠る必要もないわけです。
――冬眠しない、親離れ・子離れしないといった、ニュータイプが増えてきているんですね。
佐藤:里に行っても人もいない、おじいちゃんやおばあちゃんだけの場所も多い。たまに通報されて、猟友会が駆けつけることもありますけど、猟友会が駆けつけないところで柿を貪り食っている熊のほうが多いと思うんですよ。
人的被害が無いために報道されない。ほとんど人がいない村もありますし。行動する範囲、期間は変わっていってると思います。現在、地方都市などでは、どこでも出会う可能性は高いと言えるのではないでしょうか。