試合が“詰み”の状態でも誰も諦めない
そして後半、甲府はさらに攻め立てるも蔚山の最後はやらせないしたたかさの前に、決め切る精度をわずかに欠きゴールを割れません。
前半のオーバーペース。そして5点が必要な状況は、将棋でいえばもう“詰み”の状態でしょう。とても冷めた見方をすれば、J2開幕も4日後に迫るなか、この試合でこれ以上の消耗をするメリットはないように思えました。
前半から相手よりも長く鋭く走ってきた甲府の選手の足も止まり始めています。この時点で、選手もサポーターもよく戦った、そう思わされる試合でした。しかし、誰もが決して諦めていませんでした。
W杯観戦仲間で甲府サポーター、今大会では多くのサポーターに海外アウェーの手引きをした矢部さんは
「アウェーの試合に、こんなに多くの甲府サポーターが来るなんて」(メルボルンに300人、浙江99人、ブリーラム500〜600人。そして蔚山には800人!)。
そして
「こんな若いサポーターが甲府にいたなんて」
と今大会の発見をうれしそうに教えてくれました。
初海外の方もいるなかで多くのサポーターがアウェーに行けたのは、矢部さんの尽力も相当大きいとも思いますが、一方で矢部さんが若い世代と接することで初めて知ったこともあると言います。
今の20代前後のサポーターは、2005年に初めて甲府がJ1に昇格した頃に家族に連れられて観戦したのがきっかけで、甲府に魅了された方が多いのだとか。
その世代が自由に使えるお金が増えてきた今、結果としてアウェーにたくさんの若者が参戦していたそうです。
他のJ2で戦うJ1を知るクラブもそうですが、そうやってクラブの歴史は紡がれていて、例えずっとJ1に居続けることはできなくても、その昇格には大きな意味があったと18年の後に知ることができたのは、大きな感動であったそうです。
試合に話を戻すと、途中出場のサポーターから愛されるムードメーカー三平和司選手が、前線からのハイプレスやフリーランでチームを活性化させれば、前半から組み立てにフィニッシュに奮戦してきたウタカ選手が、カウンターを阻止するためにディフェンスライン手前までプレスバック。
アダイウトン選手が一枚相手を剥がせば、必死で5人6人とゴール前に雪崩れ込みます。見ている人の心を打つプレーの数々。指定席の僕も叫ばずには、歌わずにはいられません。
しかし、1点を奪いにいけば、カウンターを受けるリスクも大きくなります。力を振り絞って攻め上がれば、当然、戻る元気は残っていません。
そんななか、決定的なピンチが訪れます。それでも生え抜きのキャプテン、関口正大選手がポジションを捨ててカバーに入ると、体を投げ出してスーパーディフェンス。誰しもが最後まで死力を尽くします。
そして訪れた88分。ジュニアユースから甲府育ちの27歳・小林選手のコーナーキックから三平選手のヘディングで、ついに蔚山の牙城を崩しました。
歓喜に沸く国立。
なおも甲府は点を取りに走ります……が、ずっと地味に上手かった蔚山のサイドバックが、この試合で初めて高い位置でボールに関与すると鮮やかにカウンターを決め、蔚山が易々と追加点を奪いました。アディショナルタイムは4分。そして電光掲示板に記されたゴールタイムは90+4。
国立での、この一戦で勝利する可能性がほぼ潰えたことを示しています。
次の世代に歴史は紡がれていく
それでも、甲府サポーターは選手に向けて再び大きな声で歌いました。最後の一曲だと思いました。僕は、このチャントだけは一緒に歌ってはいけない気がして、終了の瞬間を静かに迎えました。
〇【ヴァンフォーレ甲府×蔚山現代|ハイライト】AFCチャンピオンズリーグ23/24 ラウンド16 2ndレグ
結果として甲府は、相手の7本を大きく上回る25本のシュートを放ちました。そして観客動員は今大会最多の15932人。前日の川崎フロンターレや同日20時キックオフの日産スタジアムのマリノスを大きく上回る動員数でした。
大会前はお客さんも入らず、全敗するのではないかと不安視されていた甲府のアジア挑戦。彼らにとってアジアは遠いようで、案外近かったのかな、と感じました。
こうして、甲府の初めてのACLの挑戦は幕を閉じたわけですが、このスペクタクルな冒険を見た次の世代が、また歴史を紡いでいくことになるわけです。だからこそ、次に挑戦するときは、甲府の地で甲府の子どもたちにもっと見てほしいな、と強く思った夜でした。